琴平の話(4)
「拓に? まぁあいつならウェティブが、あー、伊野田が変わった行動をとったら気づくだろうな。どこかに所属するとか? にしても事務局に連絡して伊野田を探せば足がつくんじゃないか?」
湊は肩をすくめて訊いた。
「それも当然考えたが、事務局を通すと、奴に気づかれ先を越される危険性があるのだよ。こちらが動いているのは悟られたくないのでな。笠原拓の探索力ならすぐに足がつくと見込んでのことだが。メトロシティで落ち合おうと連絡したが返事はまだない。身を隠していると思われる」
「あいつ慎重派だからすぐには連絡よこさないだろうな。あいつに会うのも難儀だ」
きみは腕を組んで(実際には組めていないが)目を閉じて呟いた。笠原の色黒茶髪の風貌は一見、夜遊びが好きそうな人間の特徴を前面に出したような具合だったが、実際は人前に出るのが苦手な男だ。昔、「どこで日焼けしてるのか」と茶化したことがあったが、地黒だったらしい。ヘソを曲げた笠原の顔を思い出した。
「いいか。まず笠原拓の情報を頼りに、きみに成りすましているウェティブの足取りをつかむ」
再度、彫りの深い顔面をこちらに寄せて琴平が告げた。
「そいつをとっつかまえてIDを取り返す?」片目を瞑ったまま、きみが訝しげに続ける。
「それだけだ」
「ああ、簡単だな」
きみは、険悪な笑みを浮かべて返事をした。話がわかったのを少々満足したのか、琴平は目を伏せた。
「入れ替わって2週間、きみの病院送り以外何も起きなかったことが不思議なくらいだ。善は急げだ新しい義手を持って来させる」
「2週間? 義手? 前のは修理できないのか。待て2週間も経ったのか?」
「きみの代わりに大破したよ。修理はできない。かわいそうに後で墓でも作ってやれ。そうだ。しかし何も起きていない。それが少々不可解ではある」
琴平は端末からカタログを探し表示させた。
「成仏してくれりゃいいな。うーん。デジタルはおれにはデリケートすぎるしハッキングされる危険があるから。あとあのさ、艶っぽくしてあるやつなんて最悪。人の手っぽいのが一番ダメだ。わざわざおれのID剥がしておれに成りすまして、ウェティブは何がしたいんだ」
「こちらなんていかがでしょうか。きみになりすまして事件を起こすのが目的と思っていたのだが、違うようだ」
「…ああ、かっこいいよ…」
瞼から覗いたダークブラウンの瞳を半眼にして睨め付ける。光の加減で深緑に映ることもあるが。
「そうか。おれの経歴に泥を塗るようなことはまだ起きてないんだな」
「しかし今はこういったのが主流になってきているからな。普通はより本物に近く動くものを選ぶよ。きみがちょっと変わっているだけで。まぁゆっくり見ておけ。そしてなにか食べなさい。あとでまた来る。だからといって、油断はできん」
少し満足げな顔をした琴平は膝を叩いて席を立った。
「あんまりリアルな義手つけると、それだけで発疹がでるんだよ。とりあえずビール」
「その体質にも困ったものだな。なに?ビールだと?馬鹿者。米を食え」
こちらを振り返らず、琴平は室内から出て行った。実際のところ、琴平が自分に話したことの半分も理解ができていなかった。静かになった室内で、きみはベットから足を下ろした。体を伸ばしてから、窓の外の様子を伺ったが、やはり映像だった。目の前にはただの壁しかない。嘆息交じりに鼻から息をもらし、一人つぶやく。
「腹減った」
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