琴平の話(3)
「しかもこのタグだ。きみがIDを取られた代わりに押し付けられた架空の名前、湊。これに強制出動タグが付いている。わかるな? 前科者につけられる不名誉であり、なおかつ事務局にタダ働きさせられるタグだ」
「最低。これのどこが、”もう少々”、なんだ」
苦虫を髪潰したような顔できみは恨めしげに口を開いた。そんな反応を何のそのと言う具合に琴平は鼻を鳴らした。
「ふん。このタグを付けられた者の多くが、アタッカーとして動いていたものの、詐欺などの犯罪に手を染めた輩に付けられるようなタグだ。むやみに人にIDを見せてはならない。特に同業者にはな。クズだと思われてしまうよ」
「知ってるよ。奇遇なことにおれも
きみは頭を抱えた。こんな目覚めの悪い寝起きがかつてあっただろうか。
朝、ベッドから抜け出して同居人に全く別人の名前で呼ばれるような奇妙な気分だ。自分の頭がおかしくなったか、起きる時代を間違えたか、はたまた同居人が勘違いをしているのか。考えられるとすればそんな朝だろう。
そんな困惑をよそに、目前の男は話を進めていく。きみはどうにも、ここが自分の現実と受け入れられずにいた。
「だが喜べ、ウェティブを見つけて叩きのめせば、IDを元に戻せる可能性はある」
「あぁ、何ラウンドめの鬼ごっこかなァ」うな垂れるようにきみはぼやく。そうだ。ウェティブ・スフュードンという違法オートマタと追いかけ合いをしていることは、変わっていない。
「仕方あるまい。それはきみの決断の結果だ。にしてもウェティブがきみにこれほど執着してるとは」
琴平はデータを閉じて足を組んだ。
「おれもびっくりだよ。そんなに好かれてたなんてね。それにウェティブがって言うより、笠原工業のほうだろ。しつこいのは。一度捨てた男を、気が変わったとか言って追いかけるしつこい女みたいだ」
「どこで覚えた、そんな例えを。しかしそれでも入れ替わらずに、偽造IDをきみに押し付けたということは、きみがウェティブになるのは嫌らしい」
「おれもあいつになるのはごめんだ。どうすればいい? なにが起きてるのかよくわからないんだが」
「冗談はさておき。さっさとIDを奪い返さなければ、ウェティブはずっと伊野田と名乗り続ける。一方きみは、ほぼ一生タダ働き、私は一生きみの監視役。これが今の不変の事実だ。困るよォ。30近い大人の子守なんて。デザイナーベイビーは卒業してもらわないと」
「おれもオッサンの介護なんてごめんだね」
きみは半眼になってぼやいた。
「そいうわけで早速動くぞ。モタモタしているうちに、きみにどんどん強制出動要請が来られると進められるものも進められなくなる。もうすでに、きみの馴染みのエクスプローラ、笠原拓に連絡をとっている」
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