琴平の話(1)
「琴平さん?」どうしてここにいるのかを問いかける前に、中年の男は表情を変えず軍人のような真っ直ぐとした姿勢で入室し、規則正しく歩いてみせてから椅子をベッドの横に置いた。
グレイヘアをオールバックに固め、かっちりとしたブルーストライプのスーツで武装している。ただの病室なのに、彼は今度はまるで貴族のようにそこに腰掛けた。
品のある動作と裏腹に、どこか不吉さを纏わせているように見えるのは、じっとりとした瞳と、窪みがちな眼窩のせいだろうか。モノクロで写真を撮ったら、幽霊にしか見えないだろう。
状況をまったく理解できていないこちらの様子をみると、琴平は細長く息を吐いた。すっと長い腕でサイドテーブルの上にあった水差しを掴み、横にあったグラスに水を並々と注いだ。それを無言できみに渡してくるので、きみも無言でそれを受け取る。きみは一気にそれを飲み干して、グラスをテーブルに戻そうとすると、琴平が伸ばした腕がグラスを掴んだ。彼は空のグラスを手の中で遊ばせたあと、テーブルに戻した。
「…さて。きみも目を覚ましたことだし。調子はどうかな」
組んだ足の上に、両手を乗せて。どことなく機嫌は良くはなさそうである。男はきみに目を合わせてこない。
「あー。自分でこんなことを言うのも馬鹿げてるが、なんでこんなとこに居るんだっけ」
「うむ。起きて早々の寝ぼけ頭のきみが、どれだけ理解できるかわからんが説明してやろう」
男は、ようやくこちらを見て、わざとゆっくりとした話し方に切り替えた。まるで子供に絵本でも読み聞かせるかのようなスピードに、きみは眉根をひそめる。そんな年齢でもあるまい。
「きみは事務局が招集した、大規模な違法オートマタ一掃作戦に参加した。笠原工業の連中もそこに居た。作戦に紛れてな。彼らに囲まれてコテンパンにされ、ビルから泥沼へ落下し、きみは病院送りになった」
こちらに容赦なく指をさして。
「まて、わかった。聞きたくない」
そちらを見もせず静止を求めるが琴平は話を止めない。畳み掛けるように続ける。
「あまりのお粗末ぶりにかける言葉が見つからないくらいだ。どんな慰めを与えようか。ん? 誰が泥沼からきみを引き上げたと思う。既に、引退している、この私だ」
彫りの深い顔面を近づけ、語気を強めに彼は告げた。まるで、外国語スピーキングのお手本のような話し方だった。
「…もうわかったから」
どことなく泣きたい気持ちになりながら、きみは力なく左手で顔面を覆った。「なにも言わないでくれ」
「だが喜べ、オートマタにはきちんと対応していたよ。君は人間相手の対応方法を再度訓練せねばならないな。それはさておきちょっと困ったことになった」
「おれの右腕は?」
「それはきみが落下したときに破損した。もう少々、困ったことだ」
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