きみの話(2)


「泥まみれ、洗浄…」

 やがて、きみの顔が曇る。

 はっきりと思い出せないが、ひどいめだったことはなんとなく覚えている。だからなんとなく体が痛い。問題は他にもある。

 ここがどこで、こいつは誰で、このあと自分はどこに行くのか。 


「あ、点滴が終わる時間なの、診せてね」

 そう言って女医はこちらに手を伸ばすが、きみは左手で無意識にシーツを引き上げる。できれば触ってほしくない。それを察したのか、女医は表情をゆっくり穏やかに消しながら、思い出したように自分の左手首を指でなぞった。そこに帯状の識別コードが浮かび上がり、きみに掲げて微笑む。


「…私はただの医療用オートマタです。医療に必要なデータと、女性の標準的な身体・言語機能しか持ち合わせていません。私の頭上の円環ホログラムが表記されていないのは、私のような機体に診てほしくないと思う方々がいらっしゃるようなので、できるだけ人間に近づけるためにそのような設定となっております。私があなたに危険を及ぼす可能性はございません。必要であれば男性医師と交代しますし、円環未表記に対して不服のご意見もあれば報告いたしますので遠慮なく申してください。しかしいまあなたの点滴針を抜いておかないと血液が逆流してしまいますので、よろしいでしょうか」


 モードを切り替えて流暢に話すその瞳を覗き込む。それは、人間のフリをすっぱり停止させ、自分がオートマタであると瞬きをしないことでこちらに示してきた。ただのガラス玉になった眼球で一点を見つめている。


 きみが「頼む」と告げると、非常に滑らかな動きで針を抜き消毒をし、こちらの光彩を確認し全く無駄のない処置を終えると、軽く会釈して音もなく部屋を出て行った。

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