きみの話(1)

 横になっている気がした。それもわかった。体が何かに触れている面が広かったからだ。うっすらと状況がまぶたに映しだされていく。頭では、自分の意識が戻ったことをどうにも認めたくない。まだ眠っていたかった。意識が戻るとつまり…


(思ったより平気だな)

 起きたての頭が、乾きや軋み、わずかな眠気を自分に送りつけてくるのを無視して目を伏せたまま体の向きを変えようとする。左腕が突っ張った。触れることができないが、おそらく点滴だろう。ゆっくり息を吸って仰向けに転がり、鼻から息を漏らしてからゆっくり目を開くと。目前に顔面があった。


「わっ!」

 自分でも不思議なくらい声をあげて驚いたことに相手も予想してなかったのか、持っていたペンライトを床に落とす音が聞こえた。どちらの声かわからなかったから二人一緒に驚いたのだろう。巻いた髪を束ねた白衣の女がこちらを覗いていた。


「えっと…湊さんの意識戻る、と。おはよう…私が誰だかわかりますか? まだぼんやりしてますよね、わからないですか?」

 きみの訝しげな顔をみて、女は少し残念そうにため息をついたがそのまま続けた。

「あなた2日しか寝なかったのね。寝てたというより丸2日気絶してたっていうか。あ、体は洗浄してあるから。私がしたんじゃないわよ? 気になってちょっと見ただけ。確認する必要があったので。あ、ベットべトの泥まみれだったのよ。お湯被っても起きなかったから相当よね。だからまだ起きないと思ってたわ。たまに、床擦れしないように寝返りさせに来てたけど、男の体ってほんと重いのね。あなた身長もあるし骨太だから私できなくて。別の先生に頼んだら、看護師が定期的に見にきてるって、そりゃそーよね。それで全然寝言も言わない、ほとんど動かないし、うなされもしないんだもの。まるで死んでるみたいだったし、あ、死んだことにしたわけじゃないのよ。死んだら悲しいでしょう?わたしがこんな泥まみれで、どっか擦りむいたりしてたら嫌だもの。あ、でも今は何か夢でもみてたでしょう?あ、瞳の光彩をみたかっただけなの」


 一気にまくしたてた女を尻目に、きみはなんとなく不安な気持ちになり、距離を置こうと眉根を潜めて体をベッドの隅に移動させた。あまり変わらなかったが気持ちのディスタンスというものだ。


 ぼんやりとした頭を少しずつ立ち上げる。やる気のないハードディスクがまったり回転している状態で何か言った方がいいのだろうか思考を這わす。目は合わせなかったが。無理やり口を開いた。かすれた声が出てきたことに少々驚く。自分の声じゃないみたいだった。水が飲みたい。

「あ…ええと、よくわからないし、死にたくはならないかな。なんだっけ。ぼんやりとしか覚えてなくて」


 女医は喋りすぎた、というような顔を引っ込ませて落としたペンライトを拾った。卵型の顔に赤い口紅が印象的だった。きっと誰にでもこうやって話をしてしまうのだろう。



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