ユミル

 小さな村の村人たちは、その小さな村で一番の踊り子の、ユミルという女の子の、汗や血や糞尿を食べて生きておりました。村の中で育てた野菜や果物もすこし食べていたけれど、それらの作物の、初めの種の一粒はユミルの乳歯でした。ユミルは年に一度、身体を休めるために眠ります。その間は村人も作物を食べますが、村人の中でも幸福な三人の村人はその間も、ユミルの身体を美味しく食べることが出来ました。今年選ばれた村人の名前は、ジャムン、グラシカル、ドミニスターと言いました。


 ユミルの身体から流れる汗を集めて器に入れて、ジャムンがおまじないをすると、汗は大きな桃の実になりました。大きな桃の実は歯がとろけるほどに甘く、スプーンで一口食べるだけで、赤ん坊が大人になると言われていました。ユミルは一日の半分を踊っていたので、毎日とてもたくさん汗をかき、毎日、村人全員の桃が穫れました。ジャムンは村人の桃のおまじないを終えると、ユミルの甘い甘い汗を全部舐め尽くしました。特に脇から溢れる甘い甘い汗は、ジャムンの身体を美しく、しなやかに、艶やかにしました。


 ユミルが便所に向かう時、グラシカルは必ずついて行きました。ユミルは便器ではなく、金色のお皿と金色のカップに用を足しました。お皿には瑞々しい橘の実、カップには特別なお酒が注がれました。グラシカルは毎日、それらを混ぜた不思議なパンを作りました。不思議なパンは村人の中で、その日一番頑張った人を数人選んで、振る舞われました。グラシカルは収穫のたび、ユミルの穴を舌で綺麗にする大事な役割がありました。爽やかな香りと濃厚な酒気の中に、ずいぶんと甘い香りが混じることがあり、それは泉のようにじゃぶじゃぶと溢れ、一年の初めの頃は年寄りに見えたグラシカルをみるみるうちに若返らせました。今ではシワひとつなく、目も耳も良くなり、はつらつとしています。


 ドミニスターはいっとうえらいので、毎晩ユミルを愛する役目でした。ユミルの身体を貫き、よだれを舐めて、胸から溢れる甘く白い血をたくさん飲みました。そうして、ドミニスターは何度もユミルの一番奥へ、捧げ物をしたのでした。捧げ物はその日のうちに大きくなり、ユミルのからだをたくさん食べて、金色のリンゴとなって入れたところから出てきました。ドミニスターは朝になると、金色のリンゴを、ことことと大きな鍋で煮てコンポートを作りました。毎日ユミルをたくさん愛しているドミニスターは村で一番の力持ちで、大きく、丈夫になりました。


 ある日のことでした。ユミルが踊りを終え、用を足し、愛されて、朝日が登ると同時に、三人の村人がユミルを独り占めしようと、ユミルを引っ張り合い、ユミルを引きちぎってしまいました。三等分されたユミルをそれぞれ抱えながら、若者たちは村を出て行き、それぞれにユミルを愛しました。


 ユミルの首を持ったジャムンは、首を土の上に置き、昨晩の桃の実を与えました。ユミルの首は土に根を張り、よく喋るようになりましたが、額から流れる汗だけではジャムンは満足出来ません。桃の実を作ることもやめてしまい、ユミルの鼻と口を押さえては離し、必死に息を継ぐユミルの真っ赤な顔から流れる汗を舐めているうちに、身体に蛆がわいて死んでしまいました。ユミルの首は土に溶けたジャムンを食べて、大きな大きな桃の木になりました。桃の木の下に小さな子供たちが集い、やがて大きな村になりました。


 ユミルの右半身を抱えたグラシカルは、ユミルの小さな身体を杭で木に打ち付け、ぶどうを与え、特別なお酒を少しずつ身体に塗りました。木と一つになったユミルはその美しい手でグラシカルを撫でました。しかし木に埋もれたユミルは用を足すことがなかったので、グラシカルはみるみるうちに衰え、死んでしまいました。ユミルの木は足元のグラシカルを食べた鹿や猪のふんの中に種を残し、その種は新たなユミルの木となり、広い森ができました。森には獣や鳥が多く住み着きました。


 ユミルの左半身を抱えたドミニスターは走り続け、遠く湖のそばでユミルを食べてしまいました。ユミルがどこにもいなくなってしまったドミニスターは、しかしユミルを食べたことにより、山よりも大きくなって一人ぼっちになりました。ドミニスターはたくさん泣きました。喉が乾いては、湖を飲み、泣いて、ついには雨雲も飲み込んで、泣き続けました。湖が溢れ川が生まれ、その川にはたくさんの生き物が生まれました。ドミニスターは少しずつ、魚や水鳥に食べられてようやく死にました。


 そうして出来上がった世界に、新たにユミルが生まれました。ユミルは再び踊り、用を足し、愛されました。ユミルは三人の村人と一つになったことを大変喜んでおりました。今年もまた、三人の村人が選ばれます。

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