フリコ

 エンダール国のまっしろなお姫様には目が3つありました。人々は額に輝くその赤い瞳を、真実を見抜く瞳であるとか、災いを呼ぶ瞳であると勝手に噂しましたが、なんて事はない、二つの目と同じ役割を持つただの瞳でした。目の数が多い分、物が少し立体的に見る事ができて、頭痛持ちなだけのお姫様は、少しでもその頭痛や、余計な考え事を減らすようにとその目を瞑る事を覚えましたが、これがまた民衆共の話のタネとなり、年をとるにつれて強い力を持つようになった第三の瞳が封印された、と恐れておりました。


 お父上の喚んだ魔術師であるフリコは、お姫様が瞳を多少閉じやすくするよう(なにせ目が覚めている時には、当たり前のように瞼は開いてしまうのですから!)毎朝、肌を傷めないよう調合された糊を塗り、その上から、呪術的な美しい紋様を描いてお金を得ておりました。フリコは魔術師をかたるただの少年でしたが、薬や魔術に使われる呪文のような詩や不思議な落書きや、ひとの心に深く寄り添う事に長けていたので、フリコに魔力がないという事はお姫様以外誰も知りませんでした。


 お父上もお母上も、乳母や召使いすらもお姫様の瞳の持つ強大な力に怯えておりましたが、フリコは喚ばれたその日のうちに、お姫様自身がそれを否定するのを聞いて、人払いをし、それから、お姫様の真実の言葉を聞きました。

「けれども、その瞳が何かの力を持つとしておけば、後々に何か役に立つかもしれませんよ」

「わかっている。私がいくらそうではないと言っても、両親がそれを認めないのは、他国か、民衆への脅しになるからだろう。両親も多少は怯えているとはいえ、だ」

二人以外には誰にも聞こえないよう、小さな小さな声で、唇を動かさずに会話するフリコの姿を見てお姫様は言いました。

「ぺてん師め、念話のたぐいに見せかけているが、腹話術の応用だろう。封印とやらも、なに、施されてみれば、ただ糊で貼り付けて絵を描いているだけじゃあないか。小賢しい」

「わかりましたか。姫は王や女王よりもしっかりと物事を見つめている」

「第三の瞳で?」

「いえ、あなた自身の努力と知恵で」

フリコはお姫様に優しく語りかけ、それから、小さな青い宝石を第三の目の目頭と目尻に(この国では右の方がえらいので、目頭はフリコから見て左側でした)貼り付けました。

「痒かったり、痛かったりしたら遠慮なく言ってください。糊の調合を変えましょう。なに、他の人にはわかりませんよ。魔力の暴走だとか、適当に言えばよいのです」

「それで、お前の名を知らしめようというのか。強大な力を封じ込める魔術師として」

「ええ、姫がこのぺてんに、目を瞑ってくれれば」

姫はあまり素行がよくないので、フリコの頭を引っ叩きました。


 お姫様はフリコを大変に気に入ったので、何かと理由をつけては呼び出し、しまいには宮廷魔術師として常にそばに置くようになりました。フリコは大変な勉強家で、王宮に入ってからは、エンダール国と周辺国の政治や宗教や、民衆の不満をよく聞き、王にそれをひっそりと教え、国は随分と栄えたようです。お父上とお母上の心配をよそに、お姫様は強く美しく成長し、お世継ぎを産む話もありましたが、これを頑なに拒みました。隣国の王子達からの求愛を跳ね除け、また大変に口が悪いので、しまいには悪魔と結婚するなどと言い始めましたので、フリコがそれを美しい言葉に直しては皆に伝えておりました。諦めの早いお父上は自身の王位をお姫様に譲り、早々に隠居しました。お母上は疲れてしまい、それよりも早くに国から離れて暮らしていました。こうしてお姫様は、エンダール国の女国王として君臨したのです。


 お姫様、改め国王アマレナも大変に努力家でした。剣の鍛錬を欠かさず、騎士団長ですらアマレナに汗ひとつかかせることは出来ませんでしたし、フリコの尽力もあって、アマレナもまた、魔術やひとの心を得る術を身に付けました。その頃には第三の瞳の上手い使い方も心得ておりましたので、王となった際に封印を解き(その実、糊を剥がしただけですが、人々を魅了する美しい紋様は開眼してからも毎日フリコが楽しんで描いておりました)その目はやがて国の未来を見据える神聖な瞳として讃えられました。


 フリコは、その瞳の美しさにとうの昔に気付いておりましたし、アマレナもまた、フリコの事を大変に愛しておりましたので、二人きりでひっそりと子を作りました。フリコが腹の目立たない服装や痛みの出にくい過ごし方や出産を全て手配したので、二人の子である事は誰にも知られず、ある日突然、アマレナの腹が大きくなり、フリコと、フリコを心の底から信頼している弟子の魔術師達によって神からの授かりものであるように吹聴され、この子は無事に祝福されました。出産を終えたアマレナは大変な怪我にも関わらず、すぐに働こうとするものですから、フリコはその身体を大変に気遣い、美しい装飾と優れた構造で作られたあらゆる道具でアマレナを飾りつつも助けて、薄めた毒とたくさんの薬草とを煎じてこれを飲ませ、それから、アマレナにだけ聞こえる声で、どうか無理をしないで欲しいと懇願しました。


 国王アマレナの手により、エンダール国は百年の間随分と栄えました。そうして、アマレナの子グラニテに王位を譲り、百歳きっかりでアマレナは永遠の眠りにつきました。アマレナを見届けたフリコは、グラニテに全てを話し、それから、アマレナの隣で死にました。エンダール国はそれからすぐに潰えて、歴史に残ることもなくひっそりと衰退しました。なぜなら、王子グラニテはアマレナとフリコに、お前は自由に生きるべきである、と言い聞かせられていたからです。そうしてその言い付けを確かに守り、グラニテは煙のようにエンダール国から消えたのでした。後には大変に優れた数々の道具や薬と、東洋の文字と絵で記された(これが東洋のである事は、この時はまだ誰にも知られておりませんでしたが)不思議な本が残されており、それらはエンダール国を奪い合う国々の糧となり、その醜い争いをもって、国々を滅ぼす呪いとなったのでした。めでたくなしめでたくなし。

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