綿菓子の死体
綿菓子の死体を見たことがあるだろうか。蜘蛛の糸をくちゃくちゃに丸めたような、あのお菓子の成れの果てというのは、朽ちた人間の骨に似ている。
綿菓子の死体が転がる部屋の中。雀の涙の給料で欲しいものを口座残高が許す限り買った私の部屋には、読んでいない本と作っていないプラモデルが、孤島のように点々と群れている。いずれ時間が出来た時にと先延ばしにし続けているが、毎晩毎夜、恨めしそうな視線を送ってくるそれらを、まとめてダンボールにでも詰めて隠してしまいたくなる。が、実行に移す気力もなく、また、すでに4度ほど実行し、クローゼットや倉庫や机の下にぎゅっと詰まった箱が鎮座しているので、もはや限界に近いと言っても過言ではないだろう。
これらの癖は何も今に始まったことでは無い。物心ついた頃から片付けが苦手だった私は、今でこそ散らかすための時間がない故にある程度の生活導線のみは確保出来ているものの、幼い頃は、文字通りの"足の踏み場がない"状態に陥り何度も泣いたものである。私のような人間が、将来的にゴミ屋敷の住民と呼ばれるのだろうな、と薄らぼんやり考え始めている。つまるところ、この癖を改善出来る見込みはないのだ。
愛される人間になりたい人生だった。愛されたいあまりに、無茶をした。ある時は何か組織に追われているという男を匿い、それが実は嘘で、ただただ私の生活に寄生するのが目的の、いや目的ですらない、成り行きでそうなって、成り行きで出て行かれた事がある。男は私の積みプラモのパーツをランナーからもぎ取るだけもぎ取って、途中で飽きたらしく、バレンタインにあげた義理チョコのカンカンに全て入れて棚の裏に隠していた。部屋の物がなくなる事はままあったので、カンカンに気付いたのは男が去ってから2年後だった。またある時は泥酔した後輩で、仕事は出来る奴だったはずだが家に居着いてから数日で会社に来なくなり、やはり成り行きで去って行った。その他にも何度か似たような事があり、現在は私だけが部屋にいる。皆一様に去り際に何かを怒鳴っていた気がするが、ほぼ全員、名前すら記憶していない程度の仲だったので思い出せないでいる。
時々、まれに、人恋しくなる時がある。すぐにでも抱き締めてもらいたい。そんな時間がある。それが毎度の合図だった。合図があってから2日後、きまって生理1日目に合わせるように、知らない男が家に住み着いた。その合図が、先週の初めにあったはずなのだが、今回は誰も来ていなかった。これまでの偶然がおかしかったのだろう、と特に焦ることもなく過ごしている。人恋しさは3日も寝れば消える物だから、何の問題もないはずだった。生理も明日には終わるだろう。腰痛とぼんやりとした子宮の痛みにどんよりと耐えながらベッドに寝転び、何の目的もなしにSNSの同じ画面を眺めている。
その週の生理が終わり、合図もなしに、大体1年が経った。仕事を辞め、気力も回復してきた。ふと思い立った私は、積みっぱなしの物たちを全て床に投げ捨て、それらを部屋の真ん中に集め片付けを始めた。半日かけて捨てていいゴミを袋にまとめ、片付け自体は終わる目処も立たずその日は眠ろうとした。シャワーを浴びるために立ち上がり、服を脱いだところで、足元に綿菓子の死体を発見した。部屋の外には物を出してなかった気がするが、どこかに引っかかっていたのだろうとそれをゴミ箱に捨て、シャワーを浴び、部屋に戻るとそこには5人分の骨が散らばっていた。上を見上げると天井が抜け落ち、せっかく綺麗にした足の裏には埃と、砂利のような白い粉がざりざりとまとわりついた。
「あー、あ?こんなに、溜めてたっけ」
男の声がした。
状況が飲み込めない私が口をパクパクと開いたまま立ち尽くしていると、ふいに私の口が勝手に動き出す。
「ま、明日辺り片付けるからさ」
私は不満に思いながらも、その人懐っこさもある声にほだされ、ホウキを手にしながら、仕方ないなぁ、と呟いた。なるほど、男は今回も約束違えず来ていたのだ。頭蓋骨を持ち上げると、案外重かった。ベッドまでの導線をホウキで掃いてからもう一度シャワーを浴び、今度こそベッドに寝転がった。一人じゃないというのはこれほどまでに心強いのか。私はいつもより少しだけ安心して眠りについた。
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