さよりちゃん
涙が宝石になる、というのはよくある話だが、その逆はどうだろうか。
「かおるちゃんは、この前も、たからものをなくしたから、きらいです」
さよりちゃんが大きな声で作文を読む。きっとさよりちゃんが大事にしていた、小さな宝石のついたイヤリングのことだろう、とわたしは思った。作文のテーマは、『わたしのたからもの』。さよりちゃんは真っ直ぐに先生を見ながら、わたしの悪口を読み上げた。
「でも、かおるちゃんはたからものいろの涙がでます」
さよりちゃんと出会ったのは幼稚園の頃だった。とても意地悪そうな子だと思ったのを覚えている。つり目で、細くて、いつもおしゃれな服を着て、かわいい小物を持って、わたしの悪口を言っていた。遊び相手がいなかったわたしは仕方なくさよりちゃんと遊んでいたのだが、大抵、不愉快な気持ちで家に帰っていたように思う。小学生になって別の友達を作ってからは、さよりちゃんと他の子とその時々で遊ぶようになり、さよりちゃんの一存で親友になったり絶交したりを繰り返して育っていった。さよりちゃんの事はわたしも嫌いだった。
夏の日の夕方の事だった。さよりちゃんは、前日に親に買ってもらったという、ビーズのブレスレットを自慢げに見せ付けてきた。白とオレンジと金色のビーズが編まれた大振りのブレスレットは、見た目こそ派手で可愛かったが、実際に身に付けるとビーズの一つ一つにバリがあって痒く、すぐにさよりちゃんに返す事となった。よほど気に入っていたのだろう。わたしが手を離す前に奪い返すようにしてブレスレットをひったくったさよりちゃんが、勢い余ってブレスレットを引きちぎった。目の前で花火のように弾けたビーズはぱらぱらと砂場に落ちた。さよりちゃんはわたしを罵り、わたしはそれを理不尽に思いながらも泣いて謝った。わたしの顔は、ひまわり色のえのぐをかき混ぜたパレットのようだった。らしい。
さよりちゃんは懲りずにわたしに自慢をしていた。クリアピンクのピアスシール、空色の指輪、銀のアンクレット、パステルパープルのキーホルダー、他にも色々と、自慢をしてはわたしを泣かせるようなことを言って、泣いているわたしを怒る。その繰り返しにいよいよ嫌気が差してきた頃。さよりちゃんはある日、唐突に小さな鍵のペンダントをくれた。
「これはさよりとお揃いだから、なくさないでね」
金の鎖に、真っ赤なハートの宝石と、小粒の銀色の宝石がたくさんついた鍵のペンダントだった。子供のわたしにとってはあまりにも魅力的なプレゼントだったが、わたしの口から出たのは明確な拒絶の言葉だった。
「いらない」
わたしはなるべく傷付けるように、吐き捨てた。
飽き飽きしていたのだ。さよりちゃんは何度もわたしにプレゼントを渡すフリをして、それを奪っていたのだから。その時さよりちゃんの胸にはお揃いのペンダントが輝いていて、何かの気まぐれで、本当にわたしにくれるつもりでいたのだろう、という事には気付いていた。きっとそれを渡したのがさよりちゃんでなければ、素直に受け取って一生の宝物にしたのだと思う。さよりちゃんは呆気に取られた後、いつも通りに、あげるわけないじゃん、と怒鳴った。わたしは、貰えたかもしれないペンダントがさよりちゃんのポケットに閉じ込められるのを見ながら大泣きした。金と赤と銀色の涙が次から次へと溢れ、服と地面を鮮やかに彩っていった。
それからしばらく、さよりちゃんとは口をきかなかったような気がするが定かではない。恐らくはいつも通り、絶交して、3日くらいで親友に戻ったのだろう。関係はほとんど変わる事なく、中学生になり、入試時期になってからは話すことが減り、別の高校へ進学し、そのまま、さよりちゃんとは疎遠になった。風の噂では、さよりちゃんは早くに結婚して子供を産んだらしい。さよりちゃんと結婚するなんて最悪の家庭である事は間違いないが、わたしにはどうでもいい事なので、幸せになればいいと思う。
わたしはというと、今は特に充実しているわけでもなく、泣きも笑いもしない日々が続いている。誰かからプロポーズでも受ければ、婚約指輪を涙に変えるなんて事もあるのだろうか。そんな下らないことを考え、それからさよりちゃんの怒った顔を思い出し、嫌な気分になるのをきっと永遠に繰り返している。
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