はなちゃん

 はなちゃんが側溝の中から見つかったのは3年ほど前のことである。見つかった時にはすでに骨になって、その周りには鮮やかな緑が広がっていた。その小さな森は全て、僕の愛する人を食べて育ったのだ。はなちゃんは僕以外の誰とも関わり合いを持たず、僕もはなちゃんを探さなかった。多分、この側溝の中の森がはなちゃんであることは僕しか知らないことだった。森の奥深く、道路から深さ20センチほどのところにある小さな白い骨に、僕のあげたおもちゃの指輪が引っかかっていた。


 安っぽい小さな小さな指輪には、プラスチックの小さな小さなルビーが付いていた。森は雨上がりに瑞々しく輝き、その中に指輪がキラキラと光る。森に気付いてしまった僕は指輪の赤い輝きが眩しくて、そっとはなちゃんの右手と共に家に持ち帰った。白い骨になったはなちゃんは変わった小動物のようで、僕ははなちゃんが一層好きになった。森は勝手に育っていったがはなちゃんの右手はいつまでも白いままだった。


 僕ははなちゃんと最期に話した時と同じように、小さなお洋服の代わりに小さなレースのハンカチと真っ白なお靴をプレゼントした。人差し指と中指にお靴を履いて、そっとハンカチを纏ったはなちゃんは無口だった。静かなはなちゃんと二人きりで過ごして5年目に、小さな森が撤去された事を回覧板で知った。何人かお客様が来たけれど、少しお話しをしたらすぐに帰っていった。お客様の中には8年前にもはなちゃんの事を聞きに来た人がいた気がするが定かではない。聞き分けの良いはなちゃんは静かにお部屋で待っていた。


 はなちゃんの右手を連れ帰って10年が経った。新しいお洋服も増えて、はなちゃんのために人形用のドレッサーと靴箱を買った。はなちゃんはどこか喜んでいるようだった。道具を揃えてしまうと、もう少しきちんとした服を着せたくなった。僕は人形を買った。はなちゃんを綿で包んで人形のお腹に詰め込んだ。はなちゃんの最期の服装と同じ服を揃えて着せて、僕とはなちゃんは幸せに暮らしていた。


 はなちゃんが五体満足になってからさらに5年が経った。お客様がまた家に来た。何やら慌ただしい様子で家の中を荒らしていく。僕ははなちゃんが見つからないようにこっそりと連れ出し、森があった側溝に閉じ込めた。


 はなちゃんはそれからすぐ、知らない人に連れ去られてしまった。それから先のはなちゃんを僕が知ることはないだろう。どこかで幸せに暮らしていて欲しいと願うばかりだ。僕はあの時のはなちゃんのように、狭い小さな部屋でお祈りをした。

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