もちもち

 朝起きると机の上に白くもっちりとした塊が置いてあった。紅白まんじゅうの白い方を想像して欲しい。表面に粉はついていないがさらさらしている。触れてみると人肌の温度で、かすかに脈打っていた。恐る恐る持ち上げてみるが反応はなく、手足も目鼻もついていないシンプルな塊だった。


 もちり。強めに指先で押してみる。おそらく中に具はないようだ。しばらく弄んでいると表面がうっすらと桜色に染まる部分があることに気付く。脈拍も少し早くなった。塊が生物であるという事を理解した途端に、今度はそれを思い切りいたぶってやりたいという、ほとんど衝動的な気分に襲われる。地面に叩き付けたら死ぬのだろうか。思い切り握り潰したり、限界まで伸ばしたらどうだろう。しかし、もしそれでこの白もちが死んでしまった場合の後味の悪さを考えると迂闊なこともできない。


 もちもちを写真に撮る。問題なく画像として収める事ができた。幽霊や妖怪の類ではないのかもしれない。なんだか少し愛着が湧いてきてしまったように思える。もちをぴたぴたと軽く叩きながら画像をSNSに上げると『食べ物で遊ぶな』というコメントが付いた。食べ物なのだろうか。匂いを嗅いでみると、微かにミルク石鹸の香りがした。興味本位に甘噛みすると、ぷるっ、と少し反応した。どうやら感覚まであるようだ。しばらく吸ったり舐めたりしているうちに柔らかくなっていった。もちもちしていた塊はぷにゃぷにゃと火照っている。全体的に薄赤くなって、ゆるくて落としてしまいそうだ。時々ぴくん、と小さく震える。


 ふと思い立ってお碗に氷水を入れる。掌の上ではぷにゃぷにゃがぴくぴくと脈打っている。赤みが少し引いてしまっていたので再び全体を舐め回すように愛撫すると、ぷにゃぷにゃは再び赤くなり、もっと柔らかくなった。とろとろ、と言ってもいいかもしれない。そのとろとろをお碗に落としてみた。とろとろは一瞬で強張り、始めのもちもちよりももう少し固く、むちっとした塊になって青ざめた。しかし、飛び跳ねたり暴れる様子はない。氷水の表面に細かな波紋が浮かぶ。しばらく変化しないようなのでお碗から取り出すと、むちむちがぶるぶると震え少し小さくなったような気がした。あまり手触りも良くない。両手で包んでしばらく揉みほぐしていると大きさも戻り弾力ももちもちし始めたが、震えは止まらないようだった。


 こうなるともう、ありとあらゆる実験をしたくてたまらなくなった。もちもちを少し強めに叩く。ぱちん、という音が小気味いい。何度も叩くうちに段々と腫れ熱を帯びてきた。それを再び氷水に浸ける。どうやら呼吸はしなくてもいいらしい。やや腫れが引いたのを見計らって水から引き上げ、今度は熱湯に落としてみる。一瞬で茹でだこのように真っ赤になったのをシンクに空けて流水で冷やす。それほど長く浸けはしなかったが、真っ赤な痕は残ってしまった。温めれば柔らかくなると思ったがそういうわけではないようだ。ぷりっとした塊を今度は床に叩き付ける。あまりバウンドはせず、一度地面から跳ね上がってからぼてりと転がった。まだ生きている。かかとでゆっくりと踏みつけるとにちにちと足の裏で繊維が裂ける感触がした。かかとを上げ、拾い上げるが赤血球のような形をして戻らない。まだ生きている。思い切り噛み付いてみる。思ったより固く到底噛みちぎれそうにない。青黒い歯形が付いた。もうほとんど震えすらしなくなったが、脈はまだあるようだ。思い切り引っ張る。最初より少し固くなった肉塊は裂ける事なく引っ張られる。ただただ疲れただけで腹立たしくなったので、床に叩き付けてから何度もかかとで力いっぱいに踏み付けた。汚い色の肉塊は4倍ほどの大きさに平たく広がった。まだ生きている。包丁で叩き切ろうとするが皮は刃を通さない。突き刺しても穴が空く気配はない。削ぎ切りすら出来ない。端を握りびたんびたんと柱に叩き付ける。くちゃくちゃになった何かはまだ生きている。コンロに乗せて火をつける。きゅうぅ、と肉の縮む音とじゅうじゅうと焼ける匂いが充満する。炭化する様子はない。火を止め裏返すと肉が爛れている。まだ、生きている。


 恐ろしくなった私は、それをゴミ袋へ投げ入れた。そして少し早い時間だが、外のゴミ捨て場へ投げ込んだ。しばらくその場で見ていたが、袋は微かに音を立てていた。走って逃げ帰り、その日は再び布団に入って一日中目を瞑っていた。


 一睡も出来ないまま丸一日が経った。ベッドから起き上がると、机の上に白くもっちりとした塊が居た。

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