フレフリ

 レトーナド岬にある黒の灯台には、グラスティア王国の第三王子であるフレフリが幽閉されている、というのは有名な話である。事実がどうあれ、神話上の暗黒神を模した名前を持つ王子が、光すら反射しない黒の灯台に押し込められているという流言はあらゆる物語のモチーフとされ、国民の間に広く知れ渡る事となった。古くから伝わる物語の中においてのフレフリはひどく醜い悪魔のような姿で、見る物全てに呪いを与えたという。


『夜更かしをしていると、フレフリがやってきて灯台へ連れて行ってしまうよ』

王国に伝わる物語は子供を脅かすのに最適な寝物語であったため、子供であれば誰しもが知っていた。しかし、灯台から程近い街のレンガ道沿いにある小さなキャンディショップの一人娘のミューは、両親の教育の方針ゆえにフレフリにさして興味も恐怖も抱かずに18歳の春を迎えた。


 ミューがフレフリに興味を抱いたのは、ホテルでシャワーを終えたボーイフレンドが、夜9時にベッドで眠ろうとした時の事だった。それもきちんと備え付けのパジャマを身に付けて。まるで良い子なボーイフレンドにミューが絶句していると、フレフリが来るぞ、とだけ言って彼はミューに服を着せた。その後破局を迎えたが、情熱的でない晩の記憶はミューの人生を変える大きな出来事となる。ボーイフレンドがフレンドになった日、ミューは図書館へ赴き子供向けの小さな絵本を読んだ。そしてその原点となる歴史書や神話を読み、フレフリの物語が存外大人向けの話であることを知った。


 性に奔放なミューは誰にも告げず、夕日が落ちる前に灯台へ向かった。本の語る所によると、フレフリはそれはもう立派なものをお持ちのようで、その上中々テクニシャン。慰みのために毎晩3人の女が灯台へ押し込められ、次の日の朝には全員臨月腹で降りて来る。生まれた子供はナブと呼ばれ、3日ほどでフレフリと同じ身丈になるが、それから3日後には小さな黒い種子を残して消える。種子はナブが得る快楽が多ければ多いほどに甘くなり、より強烈な催淫作用があるため、若い男女に重宝されたらしい。そのため全盛期では『種もみの子』と呼ばれる身寄りのない子供から老人までを集め、毎晩毎夜ナブの育成に明け暮れていた。そして種子は、グラスティア王国最大の取引高でありながら、その製造方法の後ろ暗さ故に秘匿とされた貿易品だったという。ミューはフレフリと、その息子ナブとの激しい晩を妄想してやまなかった。黒の灯台はもう何年も使われていない廃墟だという事は知られている。


 ミューが灯台の戸を押すと音もなく開いた。暗闇の中をカンテラで照らしながら階段を昇る道中は、蔦も葉も花も黒いつる植物が壁を埋め尽くしていた。バタン、ガチャン、と控えめな音が遠くに聞こえて間もなく、灯台の螺旋階段の終わりが見えた。カンテラの光の先には、身の丈3メートルはあるであろう、黒い大男がミューを見つめて座っていた。

「あなたが、フレフリ?」

大男は黙って頷くと、座ったまま恐ろしく長い腕でミューを部屋に引き摺り込んだ。反対の手でカンテラの火をじゅ、と揉み消すと、ミューにはもはや闇とフレフリの境界がわからなくなった。

「わた、私、ミューっていうの。あの、どうか殺さないで……」

ミューの口から漏れたのは命乞いだった。ミューは考えなしのただの18の小娘である。まさか伝説上の化け物が本当にいるなどとは夢にも思わなかったのだ。大きな手はビリビリとミューの服を破り去り、小部屋の中で唯一白いミューの肌を露わにさせた。フレフリは怯えるミューの身体を黒い瞳でぎょろぎょろと見つめると、己の全身を覆うローブの前をまくり上げ、怒張したそれをミューの腹へ押し付けた。ミューは震える手でそれをまさぐると、その脈打つ熱と繊細な皮膚を持つものの正体に気付き、己の胴回りとほとんど変わらない大きさのそれに恐怖した。狭い部屋にじょろじょろという水音がやけに響く。ミューはしとどに濡れた下半身にそれを当てがわれる絶望感の中、意識を手放した。


 ミューが目を覚ましたのは相変わらず暗い部屋の中だった。大きく膨れた腹は、行為が滞りなく行われた事を示していた。恐る恐る辺りを見回すと、小窓から月明かりが海に反射してちらちらと光っていた。どうやらフレフリは眠っているらしい。この隙に逃げ出せばよかったものの、ミューは命が助かったのを良いことに油断していた。月明かりの下で見る丸裸のフレフリは思ったよりも人間に近い形をしているようだった。ミューはフレフリに静かに近付き、その漆黒の肌に触れた。低い呻き声が聞こえたかと思うと、フレフリは身を起こしミューを見据えた。


「フレフリ……カンテラを、点けていいかしら」

ミューがそう言うと、フレフリは首を横に振った。

「ミュー、300年振りの、種もみの子」

「いいえ、私、ただの子供よ」

「それがどうした」

フレフリはミューを巨大な手で掬うように持ち上げ、己の膝に乗せた。先程ミューを貫いたのであろう凶器はくたりと大人しく首をもたげている。フレフリが太く長い指でミューの腹を擦ると、腹の中の何かがぐるりと回った。そして、黒く粘っこい液体と共に、痛みなく、むしろ経験した事のない快楽に身を震わせながら、ミューは6匹のナブを産み落とした。この時初めて、ミューは己の身体が人ではない姿になっていることに気付いた。純黒の艶やかな肌に獣のような6つの乳、尾てい骨からヘソまでを繋ぐ長い陰裂に多少狼狽えはしたものの、排出に伴なう激しい絶頂に息も絶え絶えのミューの6つの乳に吸い付いたナブの、父親譲りであろう舌技に掻き消されるようにして、作り替えられた身体の違和感は急激に薄れていった。フレフリはどこか満足げにミューを見下ろし、傘のように大きな手でミューの頭を撫でた。


 授乳が終わってしばらく経ち、ミューはフレフリが存外悪くないパートナーであると結論付けた。この身体では恐らくもう家には帰ることが出来ないだろう。黒の灯台がミューの居場所で、フレフリとナブが家族なのだ。すでに少年ほどの大きさに成長したナブ達はミューに寄り添い眠っている。

「フレフリ、貴方寂しかったのね」

ミューはフレフリの頭を撫でた。

「私、ただの子供だもの。ここから出て行かないで、愛し合えるわ」

「そうか」

フレフリはミューを強く抱きしめ、顔全体を唇で覆うように口付けた。


 ナブの1人がむくりと起き上がり、父親をお伺いを立てるように見上げながらミューの腹の溝を撫でる。フレフリがミューの陰裂を割り開くと、ナブは成人男性のそれを遥かに超える太さの、二本の熱をミューの蜜壺へと押し込んだ。暗い部屋の中に咲き乱れる黒い花から放たれる甘い甘い匂いは、実家の店先の匂いによく似ていた。

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