コスモパズル

 少年はこれまでの人生において、ジグソーパズルを完成させたことが一度もないという事に気が付いた。そうすると、もうどうしても完成させなければいけないという強迫観念にも似た焦燥感が芽生え、学校の帰り道に大急ぎでファンシーショップに向かった。今は様々なパズルがあり、立体とか真っ白とかマグロとか、とにかくずらりと並んでいる中から小一時間かけて選んだのは、コスモパズルという宇宙生成シミュレーターだった。当初の予定とは大幅に違うものを勢いで買ってしまい途方に暮れていたが、返品するのも面倒だと次の日曜日に箱を開いた。


 コスモパズルには少し小さな水槽が入っていた。早速取り扱い説明書の通りに、1の粉と書かれた袋を洗面器で水に溶かし、2の粉を入れた水槽に流し込むと、ピンク色の1の粉はみるみるうちに薄青く変化していき、アラザンにも似た小さな星々が泳ぎ始めた。勢いよく注ぎ込んだせいか、あちこちで星がぶつかり合い、ちぱちぱとビックバンを起こしている。そんなに何度も起こっていいものだろうか。そんな少年の心配をよそに、爆発の度にその色を変える水槽は、やがてハスのような淡いピンクと白のグラデーションになって静まった。


 中でも大粒のアラザンが、残骸となった銀粉を取り込んでゆっくりと大きくなっていくのを少年が眺めていると、唐突にポーンという音が鳴った。取扱説明書によると、それは生命の誕生を知らせる合図だったようだ。水槽のふちに取り付けた、太陽を模した小さなランプが明滅し、それまで銀色だった星は赤くなったり緑になったりを繰り返した。備え付けの質素な生命体カウンターが、忙しなく動くのを眺めているうちに眠くなった少年は、コスモパズルの隣で寝息を立て始めた。


 どう、と大きな音で少年は目を覚ました。水槽の端にヒビが入り、宇宙が漏れている。慌てて手で押さえながら中を見ると、中には新しい星が出来ていた。一つは座標から見るにさっきのアラザンの星だろう。小さなビルやドームに包まれ、不格好な金属のウニのようになっていた。もう一つの新しい星も出来てからしばらく経っているのだろうか、それなりに文明が築かれていたが、まだ中世頃のような建物が並んでいたようだった。そしてその2つの星の間に、ふざけた色のUFOのような物が飛んでいた。


 どうやらUFOを打ち出したのは当然ながらアラザンの星のようで、先程の大きな音は、宇宙から発射されたレーザーが中世の星を、そして水槽を貫いた音だった。残光が天使の梯子のように残っている。少年はガムテープで水槽の穴を塞ぎながら様子を見ていたが、中世の星は、恐らくレーザーの射線上以外は無事のようだった。建物は衝撃により軒並み倒壊したが、地殻変動のような危機は訪れないらしい。シミュレーターのモードをハードモードに切り替えればリアルにシミュレートし、大爆発を起こすことも可能なようだったが、愛着が湧いた星をわざわざ破壊する趣味はない。少年は一気に減ったカウンターにゾッとしながらも、この一撃で滅びかけた星がどうやって復興するのか、楽しんでいた。


 少年の予想はこうだった。中世の星はUFOに対抗するために技術を猛スピードで発展させ、アラザンの星へ宇宙戦争を仕掛けるだろう、と。しかしその予想は、1時間もしないうちに裏切られる事となった。中世の星の表面近くにあるいくつかの星が、驚きの速度で新たな星座を作っていく。その星座は不穏に揺れる緑の星で交差した十字の形をしていた。そして十字が完成すると同時に、中世の星はみるみるうちに血のような赤色に染まり、中世の星側の生命体カウンターが突然0になった。凶星がぎらりと輝くと、どこからかアラザンの星をすっぽりと包み込むような暗黒が生まれた。


 暗黒に包まれたアラザンの星のカウンターがみるみるうちに減少し、宇宙上の生命体の滅亡を知らせるビープ音が鳴った。少年がそのまま眺めていると、暗黒がゆっくりとハス色の中へ溶けていった。アラザンの星、だったものが姿を現す。と同時に、生命体カウンターが1になった事を告げるポーンという音が再び鳴る。そこに現れたのは、掌ほどの大きさの黒い泥の塊だった。泥はゆらゆらと球体を保っている。少年は慌てて取扱説明書を読み、引きつったような悲鳴を上げた。そして、付属していた3の粉を水槽の中へぶちまけた。


 宇宙は今度こそ静まりかえり、ハス色が静かに消えた。水槽の底にはきらきらと光る星々の死骸が砂漠のように広がっていた。少年は、こんな事ならジグソーパズルをおとなしく買っておけば良かったと激しく後悔した。

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