トリトン

 サーカスに住むトリトンは、自分たちのエサが何から作られているのか、とてもとても知りたがりました。団長さんは、お客さまのハートで出来ているのだよ、と教えてくれました。


 トリトンはサーカスいちの変わり者でした。腕が6本に足が8本、尻尾が2本に目が4つ。色は光も飲み込むほどに真っ黒で、耳まで裂けた大きな口の中で、よくすりつぶしてものを食べました。歯はなくて、代わりに舌が3枚ありました。トリトンはしばしばサイヤクと呼ばれ、サーカスの団員さんやお客さまにたいそう可愛がられていました。


 団長さんの頭に乗るほど小さなトリトンは、サーカスのはじめに団長さんとごあいさつをします。その時に、団長さんはトリトンを片手で持って、観客に見せて回りました。お客さまはトリトンをかわいいと言ったり、怖いと泣き出したりしながら、お金をトリトンの口に次々と放り込みます。トリトンは紙のお金を破らないよう上手に口の中で折りたたみ、コインと一緒に舌の裏に包んで持っておきます。時々、ゴミや虫が混じった時には食べてもいいと言われていたので、トリトンにとってごあいさつの時間は、ちょっとしたおやつの時間でもありました。


 トリトンは口の中のお金を吐き出しながら、同じサーカスの団員さんのドラコにも聞きました。僕たちのエサは何で出来ているの、と。ドラコはあきれたような、ムッとしたような顔をしながら、知らない、と答えました。

「大体、そんなこと知ってどうするんだよ。おまえ、甘いゼリーを食べながらブタの話をするのか?」

トリトンは、ゼリーとブタがどうして関係するのかはよくわかりませんが、ドラコがあまり話したくないのはよくわかったので、ごめんなさい、と謝りました。そしてお金をザルで洗ってから、団長さんに渡しに行きました。


 ドラコは、トリトンと同じ5才の、人間の子供でした。遠い国の、という出し物で、いちばんの人気者だったと団長さんが教えてくれました。ドラコはピストルやナイフを使うのが上手なので、ふとどきものをやっつける係でした。トリトンのエサを持ってきてくれるのもドラコなので、何か知っていると思ったのです。


 その夜、トリトンはいつものように、サーカス横の小さなテントに行き、特別なお客さまにサービスしていました。ここでの出し物はお客さまと遊ぶことが出来るので、トリトンは1日のうちでいちばん楽しみにしていました。はだかのお客さまはトリトンを逆さまに持つと、3本目の足をくわえさせて何度も揺さぶります。お客さまの小さな足には甘いゼリーがたっぷりと塗り付けられていて、それはトリトンの大好物なのですが、団長さんに厳しく言われているので、この遊びの時以外は食べてはいけないのでした。ゼリーを舐めながら、ブタの事を思い出していたトリトンが、からだがぽかぽかとしてきたので足を広げると、その真ん中の穴ぽこにお客さまが顔をうずめ、ぺろぺろと舐めました。


 いつもならば不思議な時間は一晩中続くのですが、この日の晩は、突然にドラコが飛び込んできておしまいになりました。はだかのお客さまの頭をピストルで撃ったのです。団長さんはドラコにわけを聞くと、どうやらそのお客さまはふとどきものたちのリーダーで、何やらよからぬ事を考えていたようでした。それを聞いて、団長さんはドラコの頭を撫でました。それから、片付けは明日に頼むから、今日は大きなテントにいるように、と言い付けました。


 ドラコが小さなテントを出て、辺りの団員さんたちもそれぞれお客さまに謝って、一緒に出て行きました。団長さんはふとどきもののお客さまを足で避かして、トリトンを膝に乗せました。それから、トリトンの口の中に手を入れて、まさぐりました。トリトンはゼリーを食べていたので、団長さんの手をたくさん舐めながらうっとりとしていると、奥の方で何かを探り当てた団長さんはそれを引っ張り出しました。それは小さな機械でした。

「トリトン、今度からは、おやつを食べる前に一度みせるんだ」

団長さんがそう言うと、トリトンは少しぼんやりとしながら、はい、と答えました。


 団長さんは素直なトリトンをたっぷり撫でて、それから、穴っぽこも同じようにまさぐりました。トリトンは何度も小さく震えて、団長さんの腕に足を絡ませると、団長さんは少しわずらわしそうにその足をほどきました。しばらくすると、やはり穴っぽこからも小さな機械が出て来ました。団長さんは二つの機械に、何やら怒ったような声で異国語を囁いてから、機械を踏み砕きました。


 疲れ切ったトリトンがその場でとろけていると、団長さんと入れ替わりに入って来た巨人のオーギュステーが、トリトンを見るなり、透明なビンに放り込みました。そして、片手にトリトンを、片手にふとどきもののお客さまを抱えてテントから出ました。ふとどきもののお客さまからはぼたぼたと血が流れていましたが、お構いなしにテントの前まで連れて行くと、旗を掲げた高い棒へ、ふとどきもののお客さまを串刺しにしました。そして、トリトンはオーギュステーの、お腹のお肉の下にビンごと挟まれました。少し蒸れるけれど、静かで暖かくて心地いいお肉の間に挟まれ、トリトンはしばらく眠りました。


 トリトンがオーギュステーのお腹の下から出してもらえたのは、恐らく3日ほど後のことでした。トリトンが目を覚ますと、大きなテントは半分ほど壊れ、小さなテントは跡形もなく燃え尽きていました。オーギュステーは真っ赤になっていましたが、どこかをケガしたわけではないようでした。ドラコは小さな体がもう少し小さくなって、二度と動きません。団員さんのうちの何人かが、ふとどきもののお客さまと同じように木に串刺しになっていました。


 団長さんがトリトンをビンから出して言いました。

「今日のご飯だけれど、ドラコはもう作れないから、自分で食べてみようね。きっと美味しいよ。」

そう言うと、お客さまの中でもドラコと同じくらいの、小さな女の子の上へトリトンを乗せました。女の子は真っ赤なドレスを着ていました。女の子の前には、泣き叫ぶ他のお客さまがいました。まだかすかに息をする女の子を、トリトンは頭から順番に、よくすりつぶして食べました。


 女の子はエサと似たような味がしたので、どうやらエサは人間から出来ているらしい、とトリトンは理解したのでした。骨をガリガリと削りながら食べ進めると、その中心に、真っ赤なりんごのような、丸い塊があることに気付きました。トリトンは舌で丁寧にりんごだけを取り出すと、それも丁寧にすりつぶしました。りんごは甘く、とても柔らかかったので、もうひとつ食べようと、トリトンは女の子をそのままにして、今度は泣き叫ぶお客さまに這い寄っていきました。

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