ヤバい人

「見えるでしょう?」

ある日、新小岩のホームでおにぎりを食べていると、突然見知らぬおばさんから声をかけられた。はぁ、とどちらともつかない返事をするとおばさんは不満げに何処かへ去って行った。見える、が何を指すかわからないが、幽霊だとしたら、自殺の名所であるこの駅なら適当に指をさせば何かしらの霊がいると思った。私は普段新小岩の駅を使うわけではないのだが、その日は寝過ごして、飛び起きて降りた駅が新小岩だった。ので、今後変なおばさんに会う事はないだろうとタカを括っていた。しかし、おばさんとは翌日の乗り換え、錦糸町駅で再び会う事となる。


「ほら、見えるでしょう?」

面倒な人に目を付けられたなと無視をしていると、何度か私の顔を覗き込んでから大きなため息をついて離れていった。いかにも怪しい、チリチリの白髪と薄汚れた手作りのチュニックのようなものを身に纏ったおばさんは、タイガーアイの数珠をジャラジャラ鳴らしていた。タイガーアイって金運とかそういう、いかにも欲に直結するイメージがある。そういう商売で、カモを探しているのかな、と苦笑いしながら快速に乗った。


「ねえ!」

翌日、おばさんは三度みたび現れた。総武線ではなく、半蔵門線のホームにて。さすがに駅員さんに突き出した方がいいかな、と思いながら無視していると、目の前で何やらモニャモニャとお経を読み始めた。周りの人が訝しげにこちらを見ている。私はいたたまれなくなってその場から駆け出した。おばさんも数歩走って追おうとしたようだが、すぐに息切れしてその場に座り込んだようだ。改札を抜けたところで振り返り、後ろにおばさんがいないことを確認する。どうやら追い掛けて来れなかったようで、私は大きくため息をつきながら登りのエスカレーターを昇って行った。


四度目はないと思いたかった。わざと一駅乗り過ごして、反対側のホームに降りるとおばさんがこちらを睨んでいた。負けじとこちらも睨み返す。おばさんは、けひゅ、としゃっくりのような音を立てて、後ろにある椅子に倒れ込むように座った。私の日常を脅かさないでほしい。そう思いながらその場を立ち去った。背後からおばさんのしわがれ声が聞こえた。


「あなた、もう死んでいるのよ。お迎えが、見えているでしょう?」

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