ラパン
かつての僕は決して人付き合いが得意な方ではなかったが、持って生まれた才能は静かな僕を覆い隠してくれていたように思う。僕はこの才能にラパンと名付けた。
ラパンが現れる条件はただ一つ、誰かと話す事であり、それが身内だろうが赤の他人だろうが構わず現れる。例えば道端で出会った老人が僕に話しかけようとするそぶりを見せると、途端にラパンは顔を出し、暑いですね、だの雨ばかりで滅入りますね、だの話しかけてしまうのだ。人付き合いが得意でないのに、勝手に飛び出すラパンに辟易とする事はあるが、お陰様で僕が何か努力をせずとも近所でも評判のいいことなったし、会社でも度々その明るさを褒められ、人間関係で困るような事は余程のことがない限りはなかったので、概ね悪感情はなかったのである。
そんなラパンに、切り離さなければならない、という感情を抱いたのは最近の事である。彼(僕の中でこれは男なのだ。)は人を疑う事を知らない。否、疑った人間すら、自分ならば容易に欺けると勘違いしているのだ。それは大きな誤解で、実際に彼が欺くのは話し相手ではなく僕である。僕に、人を疑う必要はない、とラパンは囁く。そうして騙された僕は、つまるところ、世間からカモとして見られる事に慣れてしまったのだ。
ある日の事、駅の中で突然話しかけてきた人間がいた。その日は台風の影響で普段使っている電車が運休となり、慣れない路線で帰っていたのだが、同様の事情で電車の振替を待つ列を探していた男に声をかけられた。その男にラパンが陽気に応える。あれよあれよという間に僕は近くの居酒屋に座っていた。どうやら男は身体の関係を迫っているらしい、というのは、男が靴下の爪先をゆるゆると僕の足に擦り付ける仕草で気付いたものの、逃げる事は叶わず、知らないうちに僕は男にあっさりと身体を明け渡していた。
またある時は、道を歩いていると、やけに視線を合わせてくる男がいた。ラパンは僕の身体を支配すると、その男に向けて目配せをした。男の声は聞こえない。正確には、聞こえているが、僕の脳はそれを受け入れない。ラパンは調子良く話を合わせ、嘘を吐き、僕をベッドへ運んだ。主導権は僕になく、ラパンは男に奉仕をして、口の中に青臭いえぐみを残して去っていった。後に残るのは猛烈な吐き気と、自分の身体への嫌悪だった。
ラパンは僕を嫌っているようだ。僕が自己防衛のために泣き叫ぶたび、死んでしまえと囁いた。お前は汚くて、醜くて、人としてどうしようもないのだから、死んでしまえ。死んで世のためになれ、と、昼夜問わず囁き続けた。僕を汚したのは間違いなくラパンなのだが、そんな事はお構いなしに耳元で僕を罵ってくる。本当だ。
やがてラパンは僕の身体を少しずつ奪っていった。ぬるりと、湯葉のような
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