†。゚+.ぁゅナニ+.゚。†

 あゆたさん(多分読み方はこれでいいはずだ)の日記はもう3年ほど投稿されていない。最後の投稿をするまではほとんど毎日、1日3回ずつ日記が更新されていたのだが、ある日を境にパタリと止まってしまった。


 あゆたさんは高校生(恐らく)で、時々流行りのマンガのイラストを投稿していた。いわゆる『絵師』で、あゆたさんのフレンドはたくさんいたはずだが、最近では彼(のはず)の話をする人を見ない。もちろん3年も経っているし、サイト自体をやめた人もたくさんいるだろう。実際にあゆたさんと共通のフレンドの消息は、時々そのサイトから繋がる他のゲームのログイン通知しか来ないのだから、彼を知る人がそもそも減っているのだ。無理からぬ事だと思う。


 私自身、このサイトへログインする回数は減っていて、1週間に1回ほど、あゆたさんがログインしていないか確認するためだけに通っているだけだ。けれど、何度確認してもサイトのログイン表示は『1ヶ月以上前』のまま変わらない。その表示を確認するたびにあゆたさんがそのサイトに戻ってこない事を痛感し、あゆたさんのアカウントが消えてない事と、遺族の手による日記の更新がされていない事に胸を撫で下ろすのだ。時々、あゆたさんが描いていたマンガで画像検索をかけて絵柄が似ている人がいないか調べているし、過去のイラストと今のイラストを比べるタグがトレンドに上がるたびに1日掛けて眺めている。あゆたさんの画風自体はあまり珍しいものではなかったが(これは失礼にあたるのかもしれない)どんなキャラクターでも必ず指が3本だった。親指が1本と……どこかの指が2本。もちろんそれも当時の画風なので、今は変わっている可能性はある。


 どうしても、諦めきれないのだ。あの3本指が。彼と話したひと時が。私の高校時代の青春はほとんどあゆたさんがいる。リアルの学校の事は通学路すらほとんど覚えていないというのに。あゆたさんが左利きよりの両利きである事。調理師を目指して専門学科のある高校へ通っている事。入学して始めに利き手の調査があり、左利きは道具の値段が跳ね上がる事。クラスの中で左利き調査の際に手を挙げる人がいなくて、先生がとても疑り深く何度も聞き直した事。彼の出身は僕の家からそう遠くない事。地元のゲームセンターへ週に一度リズムゲームをプレイしに行く事。それは必ず金曜日で、閉店間際の21時半で、プレイデータを記録するカードは限定品の推しのカードである事。プレイ中に失敗すると爪先をとんとんとする事。黒字に蛍光黄色のヘッドホンがよく似合っている事。時々家から一番近いコンビニでロリポップキャンディのプリン味を買い占める事。そのせいで店員さんに「いつもありがとうございます」と言われてしまった事も、全部、全部覚えているのだ。


「あなたが私の理想で、あなたが私の宗教だ」


 壁一面に貼ったあゆたさんの写真とイラストをいい感じの角度からスマホで撮る。そういえば彼と出会った時にスマホなんてなかったな。大きく引き伸ばしたあゆたさんの写真のふやけた爪先へキスをする。最後の日記に、ストーカー被害に遭っていると書いてあった。私が、私がやっつけるのに。頼ってくれたら良いのに。あゆたさんのためなら飛んでいくのに。彼は外に出なくなってしまったのだ。きっと怯えているのだろう。信者と馬鹿にされても良い。あの人のために死ぬのならばそれでも構わない。そう思った私は、3年ほど前から彼の家の周りをパトロールしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る