剣菱さん

 剣菱さんには一風変わった癖がある。故に、彼女に指が10本ある日は珍しい。今日は残った指の爪がメタリックでない黒と白のスパンコールが混じった透明なマニキュアで飾られていた。

「派手な色は似合わないでしょう?これなら目立たないけれど、おしゃれに見えるから気に入っているの」

ベッドの下にぐしゃぐしゃに落ちた羽毛布団を引っ張り上げながらそんなことを言っているのを、天井一面に貼られた鏡で剣菱さんの白い背中を眺めながら聞いていると、彼女は私の視界を遮るように覆いかぶさった。大きな胸がたゆんと揺れる。


 私の身体は剣菱さんのものだった。比喩的表現ではない。剣菱家の財産として登記されている。所有権はまだ剣菱さんのご両親のものだけど、いずれ相続されるのだという。剣菱さんは私をいたく気に入ってくれていて、どこへ行くにも一緒だったけれど、最近は運搬の手間がかかるので少しお出かけの回数が減ったと思う。今日は久々の二人きりの買い物だった。


「さっき買ったこれ、試してみましょうよ」

剣菱さんはシートに並んだピンクのラムネを無意味にシャカシャカと鳴らしながら言う。『一粒ですごい!』と書かれたソレからは、未開封にも関わらずくどいほどのチェリーの香りがする。


 剣菱さんは、二粒をその場で噛み砕き、五粒ずつ私の前と後ろの奥深くへ沈めた。モノクロネイルが糸を引く。それを美味しそうに舐めてから、さらに二粒を口移しで飲ませてくれた。ダメ押しに一粒を口の中で細かくしてから、赤く腫れ上がった所へめ付けた。つんと上を向いた花芯をぐりぐりと指で摘んで擦られると、溶け残ったラムネに磨かれるようだった。私は悲鳴をあげながら逃げようとするけれど、剣菱さんはそれを許してくれない。そのうちに身体が異様に火照ってきて、全身を内側から舐め回すような、大きな快感の唸りが私を襲った。


 剣菱さんもまた、恐ろしい快感に飲み込まれようとしていた。ガチガチと歯を鳴らし、震え、玉のような汗が全身に滲んで、目の前でたゆたゆと暴れる胸の先から流れて、ぽたりと私の目に落ちる。その刺激だけで気が狂いそうな、電流と言っても言い足りない、殴られたような、ぱつぱつに膨れた快楽が弾け、全身に飛び散って、肉をとろかした。剣菱さんは私の足に爛れたヒダを押し付け、ねちねちと絡ませてながら大きく口を開けた。二十重はたえに並んだ歯が私を包み込む。手足を食べられた時とは比べ物にならない、熱い体温と恐ろしいほどの快感が、再び大波のように襲いかかる。


「また小さくなっちゃった」

剣菱さんが言った。

「でもこれで、鞄に入りますね」

首だけになった私が答えた。ふてくされたような顔をした剣菱さんは、私の首をベッドの上であちこちに転がしながら指を噛んだ。ぼたぼたと落ちる血がしわくちゃのシーツへ滴る。ごりごり、ばき、と音が部屋に響いた。

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