大崎くん
大崎くんは、『イカロス』という不吉極まりない名前のプロジェクトを発足し、死んでしまった。
よくある事故だった。物質転送装置の座標指定ミスで、海辺にあるテトラポッドの中心へ埋まってしまったのだ。(埋まる、という表現は正しくないのだが、今は割愛しよう)無論、指定された座標を見る限り、という憶測であり、実際にテトラポッドを割ったわけではない。回収するには金が掛かるし、割ったところで中にあるものは、よくてミンチ肉、下手すればただの液体である。いずれ大崎くんの詰まったテトラポッドは、比重の違いで判明するだろう。つまるところ、彼の命はそれほど儚く、世間からすれば価値のないものだったのだ。
イカロスはこのプロジェクトで開発した機械の名前でもある。実は法的な許可を得た亜空間航行技術ではない。本来ならば関係各所へ膨大な申請をし、データを提供しなければならないのだが、大崎くんはこれを嫌った。役所が嫌いで、作文が苦手だったのだ。彼は行き当たりばったりで色々なパーツをくっ付けては外し、通電し、時には爆発しながらも、随分と楽しんでいた様に思える。
僕は大崎くんの応援係だった。加勢するという意味合いのそれではなく、スズランテープを束ねて裂いたポンポンを持ってする方だ。裂き方にうるさい大崎くんは、可能な限り細かく裂いたふわふわのポンポン(軽やかな響きである)を作らせては、それをカツラのようにしたりしていた。個人的に、繊維質が散りやすいので作業現場に持っていくべきではないと思ったが、大崎くんは気にしないようだった。研究室をタンブルウィードのように転がる埃にはよく黄色い繊維が混じっていた。
結論を言うと、イカロスの処女航海は成功した。大崎くんは非合法の亜空間航行で座標通りに飛んだために死んだのだ。ただし、死んだというのはあくまでも応援係の僕の憶測であり、僕は先に言ったように、未だにテトラポッドの中身を確認していない。海辺に転がるあのトゲトゲのうちの一つに、シュレディンガーの大崎くんがいる。
そういえば、大崎くんは海が好きと言っていた。案外、ミスではなかったのかもしれない。大それた自殺だろうか。僕に知る由はない。いつも騒がしい彼がいないので、研究室はとても静かだ。片付けもそこそこに、僕はイカロスに乗り込んだ。行き先は変えていない。そういうのもいいと思ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます