第40話 運命のイタズラ

 バースと名乗った巨人に連れられたのは、元は冬眠中のグレードベアが利用していたらしい、崖際の洞穴だった。




 中に入ると、寝床には乾燥した草が敷き詰められており、少し酸っぱいような臭いはともかく、居心地自体は悪く無さそうだった。




 巨人は、クルをそっと寝床に降ろすと、自分は先程歩きながら拾っていた乾燥した木の枝を組み上げ、どうやらたき火を起こそうとしているようだった。




 何やら黒い石を両手に持ち、互いに打ち付けて火花を起こしている。その粗雑な見た目とは違って、どうやらバース自身は器用な手先をしているようで、原始的な方法での火起こしはあっと言う間に成功する。




 パチパチを燃え上がるたき火。バースは先程のモンスターの肉片をたき火に放り込む。




「こっちに来いクル。たき火にあたって体を温めるんだ。春先とはいえ、その様子じゃ大分冷え切っているだろ?」




 バースの言葉に、恐る恐るたき火に近寄るクル。




 たき火の暖かさに、始めて自分が酷く冷え切っている事に気がついた。




 しばらくボウッと、たき火の側で座っていると、横からニュッと突き出たバースの腕。なんと素手で火の中から焼けた肉を取りだした。




「ほら、喰え。良く焼いてあるからお前でも喰える」




 目の前に放り投げられた肉の塊。




 バースの巨大な手が持っていたから小さな肉片に見えていたが、こうして目の前にあると結構な大きさの肉の塊だとわかる。




 肉の焼けた香ばしい香りを吸い込んで、お腹がキュルキュルとなった。




 空腹に、思わず肉に飛びつく。焼きたての肉の温度が手に伝わるが、そんな事など気にならないほど腹が空いていた。




 大口を空けて肉にかぶりつく。決して上等ではない、筋張った肉だが、肉は肉だ。そも、まともな食事を取ったのがいつ以来なのか思い出せない。




 クルは迫害されていた。




 親から与えられる食事といえば、家族が食べ残した残飯か、野菜の切れ端くらいのもの・・・・・・肉を食べたのも、人生で数回程度だった。




 ガツガツと肉を喰らうクルを、優しい目で眺めるバース。しばらく平和な時が流れ、やがてクルが全ての肉を食べ終わった頃を見計らって、バースは話し出した。




「クル、お前は自分の事についてどれくらい知っている?」




「自分のこと?」




 クルが首を傾げると、バースは真剣な様子で頷いた。




「ああ、自分の・・・・・・その額の ”闇の紋” についてだ」




 バースが指さした先は、クルの額。




 そこには、青黒い色の入れ墨のようなものが刻まれており、幾何学的なその文様は、何か悪魔の顔のようにも見えた。




「”闇の紋”? この額のアザは、闇の紋というの?」




「ああ、どうやら何も知らないらしいな・・・・・・何も知らずに、あそこに捨てられたのか?」




 小さく頷くクル。バースは、深くため息をついた。




「”闇の紋”、別名 ”悪魔の血脈の印” と呼ばれる紋章だ」




 ”悪魔の血脈”




 その響きに、クルは大人達から「悪魔」と罵られた事を思い出す。




「一般的に、この紋が刻まれたモノは悪魔の血を引くと言われ、忌み嫌われる。人として生まれ、”悪魔” として成熟し、災いをもたらすとな」




 その説明を聞いて得心がいった。




 今までクルが迫害されてきたその理由がわかったのだ。




「くだらん伝承だと思うか? だがこの伝承にはそれなりの”理由”があるのさ」




「理由?」




 バースは頷いた。




「その原因は未だに解明されていないが、”闇の紋”を持つヤツは、例外なく闇術に高い適性を持っている」




「闇術?」




「そうだ、人間が扱う魔術ではなく、魔族の扱う ”闇術” 。人の身でありながら魔族の術を扱えるんだ・・・・・・常人が恐れるのも無理はねえさ」




 そしてバースは正面からクルの目を見つめた。




「”闇の紋”を持つ者は、大概が子供の頃に殺されるが・・・まれに生き残った者は例外なく強力な力を持つ」




 力を持った ”闇の紋” の持ち主が、生まれ育った村を滅ぼしたなんて話もあり、それもまた ”闇の紋”が恐れられる理由にもなっているのだという。




「そこで取引をしないか? 俺はお前のその将来に賭けたい・・・・・・俺の願いを、聞いてはくれないか?」




 真剣なその様子に、クルは震える声で聞き返した。




「・・・願いって?」




 バースは瞬きを一つして、その ”願い” を口にした。






「騎士の中の騎士・・・・・・フスティシア王国の騎士長、アルフレートを殺して欲しい」

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