第41話 交換条件

「騎士の中の騎士を、フスティシア王国の英雄を・・・殺す?」




 荒唐無稽な話だ。




 フスティシア王国の騎士アルフレート。世間知らずのクルでも知っているほどのビッグネーム。一説によると世界最強とも言われている人物だ。




「今のお前には無理だ。それは分かっている。俺が賭けたいのは、お前のその血・・・将来のお前に賭けたい」




「・・・・・・ボクの見返りは?」




 バースはゆっくりと瞬きすると、ヒタとクルの目を見つめた。




「お前に生き方を教えてやるよ、戦い方もな。しばらくの間は世話をしてやってもいい」




「・・・もしボクが断ったら?」




「別に断ってくれても構わん。その時は、残念ながら俺とお前の関係はここまでだ。役に立たねえヤツの世話をやくほど、俺は暇じゃねえからな」




 それでもクルが迷っていると、バースは少しくだけたような様子で切り返す。




「難しく考えるこたぁねえ。お前はただの保険だ。・・・本当は俺自身の手で決着をつけたいとこだが・・・・・・ヤツの強さが化け物クラスなのは、身をもって知ってるからな。やれることはやっておきてえのよ」




 自嘲気味にそう言ったバース。身をもって知っている・・・その言葉に、クルはバースの肌をチラリと見る。焼けただれたようなケロイド状の肌・・・常人であれば生きているのが不思議なほどの傷跡だ。




 その視線に気がついたのか、バースはニヤリと牙を見せて凶暴な笑みを浮かべた。




「勘が良いじゃねえか。その通り、この全身のやけどは例のクソッタレな騎士様につけられたモンだよ」




 その悲惨な傷跡を改めてみて、クルはゾッとした。こんな傷を負わせるような相手に、将来挑まなくてはならないなんて・・・自分にはとうてい出来ないと思えたのだ。




 そんなクルの様子をみて、バースはフッと優しく表情を崩すと、静かな声で語りかけた。




「返事は今じゃなくていい・・・今は消耗しているだろうし、今日は休め・・・体力が戻るまでの間くらいなら返事を待ってやってもいい。じっくり考えろ」




 巨人の優しさに感謝し、消耗しきっていたクルは、そのまま寝床につくのであった。


















 枯れ草で作られた寝床は意外と寝心地が良く、疲れ切っていた事もあってクルはぐっすりと眠り込んでいた。




 どれだけの時が立ったのだろうか? ふと目を覚ましたクルは、隣で寝ていた筈のバースの姿が見えない事に気がついた。




 ぐるりと周囲を見回しても、巣穴の中には誰も居ない・・・・・・。どうやらバースは外に出ているようだ。




 巣穴の入り口を見る。微かに入り込んでくる月光が、今の時間が真夜中であることを悟らせる。






(こんな時間に何故?)






 好奇心を覚えたクルは、音を立てないようにソッと寝床から抜け出すと、静かに巣穴の出口まで歩いた。




 出口に近づくに近づくにつれ、何か大きな音が聞こえてくる。




 それは悲鳴、あるいは慟哭の声・・・・・・。




 そっと出口から顔を出すと、そこにバースはいた。




 天に顔を向け、ギラリと鋭い牙を剥き出しにして慟哭する巨人。




「××××××おぉぉ!!」




 ざらついたその叫びは、もはや言葉として意味を成しておらず・・・・・・それでもそのどうしようも無い怒りだけは痛いほど感じられた。








(怒り・・・か・・・)






 クルは生まれて初めて触れた、本物の ”怒り” という感情に動揺していた。




 それは、彼の中には無い感情だからだ。




 何故だかはわからない。しかしクルは、何故かバースの慟哭から目を離す事ができなかった。自分でも気がつかぬまま、その両目からは、何故か透明な涙の粒が流れては地面に落ちていくのだった。




























「ねえ、バース」




「なんだ?」




「ボク、やるよ。アルフレートを・・・最強の騎士を・・・殺す」




「・・・・・・本当に良いんだな?」




「うん。何故だか、それが一番良いような気がするんだ」










 何の運命のイタズラか。




 交差するはずの無かった二人の道は交わった。




 ”捨てられた悪魔の血脈” と ”落ちた半巨人の戦士”




 その結末は、まだ誰も知らない。



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る