第39話 運命のイタズラ

 灰色のモンスターを撲殺した巨人は、大口を空けて死体の首筋にかぶりつく。筋肉質なモンスターの肉を、まるで問題にならないとばかりに引き裂く鋭い牙と強靱な顎。




 クチャクチャと、巨人がモンスターを喰らう音が不気味に響いた。




 今、巨人は少年の存在など気に掛けてはいない。降ってわいた幸運。せっかく拾った命、逃げるのなら今が絶好のチャンスだ。




 だが少年は動かなかった。




 足がすくんで動けなかったとか、そもそも逃げる体力が残っていなかったとか、そういうことでは無い。




 数秒前まで、少年にとっての ”死” そのものであった灰色のモンスター。それを容赦なく喰らう巨人のその姿に、少年は魅了され、動けなくなってしまったのだ。




 やがてモンスターを喰らい尽くした巨人が、ゆっくりと立ちあがる。




 改めて立ちあがった姿を見ると、その巨躯に圧倒される。正確な所は分からないが、体調は3メートル以上はあるだろうか? なまじ人に近いシルエットをしているだけに、その巨大さが歪に映った。




 巨人が少年のいる方向に向き直る。




 口元はモンスターの血にまみれ、よく見ると右目は白濁しており、その機能を果たしていないようにも見えた。




 正常な左の眼球がギョロリと動き、少年の姿を補足する。




 モンスターだけでは腹が満たされなかったのだろうか?




 それとも食後のデザートが欲しかったのかはわからないが、巨人が明らかに少年を認識した上でゆっくりと近寄ってきた。




 少年は逃げるような事も無く(例え今から逃げたとしても、この体格差ではあっと言う間に追いつかれてしまうのだろう)、こちらに近寄ってくる巨人の姿を無心で見つめていた。




 やがて二人の距離が数メートルにまで縮まった時、巨人がしゃがみ込んで目線の高さを少年と合わせた。




 血にまみれた口を何度か開き、その機能を確かめるように動かした後、なんと巨人は聞き取りづらい掠れた声で言葉を発した。




「・・・闇の紋が刻まれたガキ・・・か、フンッ・・・聞かなくてもおおよその事情は察せられるな」




 少年は驚愕した。




 まさか、目の前の巨人が、こんなにも流暢に人の言葉をしゃべるなんて考えてもみなかったのだ。




 巨人は、そんな少年の状態など知ったことではないとばかりにしゃべり続ける。




「本来ならこのまま放っておく所だが・・・・・・今は少し事情が違ってな、俺の目的の為にお前のその ”血” を、利用させてもらう」




 そして巨人は、少年をヒョイと担ぎ上げる。




 立ちあがった巨人の肩から見る世界が高すぎて、少年はめまいがした。




「・・・おい、お前の名前は?」




 巨人の問いかけに、少年は恐る恐るといったように返答する。




「クル・・・クル・ベルトリンガ・・・」




 少年の名を聞いた巨人は、ニヤリと笑うと名乗りを返す。




「クルか、良い名前だ。俺の名はバース、バース・アロガンシアだ。よろしくな」






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