第38話 運命のイタズラ

「悪魔」




「疫病神」




「呪われた血・・・」




「気持ち悪い」




「こっちを見るな」




「悪魔」「悪魔」「悪魔」










 少年は物心ついた頃から、聞こえてくるのは自身をなじる罵詈雑言の嵐。




 ”悪魔” という言葉の意味を知る前から、ずっとそう呼ばれてきた。




 自身の名を知る前から、数え切れないほどの罵倒の言葉がこの身を叩いた。




 何が悪いのかも、 ”悪” とは何なのかも知らない。




 ただ、大人達の冷たい瞳が、その巨大な拳が、まるで ”悪” とは自分の事であると分からせるかのように・・・・・・。




 だからだろうか?




 魔物のはびこる森の奥に置き去りにされた時、恐怖よりも安堵の感情を覚えたのだった。






(ああ、やっと終われる・・・のか?)






 わからない。




 何かを深く考えるには、少年が歩んできた人生はあまりにも激しすぎた。




 痛みを伴わない時間を過ごすことが、酷く久しぶりに感じられる。伸び放題になった草花の上に寝転んでいると、自分の全身がくまなく痛む事に気がついた。




 無理も無い、物心ついてから今にいたるまで、ずっと周囲の人々に迫害され続けてきたのだから。




 しかし、束の間の休息にも終わりの時が訪れたようだ。




 足音を殺すことを考えていない、無造作に草花を踏みしめる荒々しい音が聞こえ、少年はそっと目を開いた。




 視界に広がる灰色の毛並み。ツンと鼻を刺すような野性の獣の臭気。少し視線を上げると、凶悪な顔をした狼のようなモンスターが、ギラリと鋭い牙を覗かせてこちらを見つめていた。




 生まれて初めて見る本物のモンスターの姿。




 不思議と、恐怖という感情は沸かなかった。




 ただ、ひどく寂しいと感じる。




 数秒後、おそらく自分は命を落とすのだろう。




 呆気なく、




 まるで最初から、村中から忌み嫌われた少年なんていなかったかのように、その存在ごと消えていなくなる・・・。




 嫌われて、恐れられ、迫害されるだけの人生。






(ならば何故生まれてきた?)






 寂しかった。




 そして、悔しかった。




 生に執着など無い・・・その事実自体がたまらなく嫌だった。




 モンスターが、その巨大なアギトをカパリと開く。ぬらりと唾液で濡れたその牙は、呆気なく少年の命に届きそうだ。




 抵抗などできない。




 疲れ切った少年に、そんな力は残っていない。




 ただ、透明な涙がタラリと力なく頬を伝った。








(・・・・・・ああ、死ぬな)








 何の感情も無く、ただ事実としてそう思った。




 次の瞬間、視界を占領していた灰色のモンスターが、真横から飛来した何か巨大な物体によってはじき飛ばされた。




 巨大だと感じていたモンスターより、さらに巨大な存在。




 どうやらシルエットは人型に近いようだが、焼けただれたようなケロイド状の皮膚と、口から覗く長く鋭い、肉食獣の犬歯がその存在を人外であると悟らせた。




 巨人は、どうやら少年になど興味が無いようで、タックルではじき飛ばしたモンスターに馬乗りになると、その巨大な拳でモンスターの頭を思い切り殴打する。




 堅いモノで肉を打つ、鈍く湿った音が響き渡る。




 灰色のモンスターも幾分か抵抗をしていたが、力の差は圧倒的で、為す術も無く巨人の鉄拳の前にその命を散らした。




 返り血で真っ赤に染まった巨人は立ちあがると、大口を開けて、空に向かって咆哮した。




 鼓膜が破れんばかりのその咆哮を聞いて、何故か少年は、ほんの少しだけ高揚している自分に気がつくのだった。


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