第36話 受け継がれるモノ

 突如として無の空間から聞こえた外界の刺激。無我夢中で声を発するが、その音はやはり闇に吸い込まれてしまう。






――― ああ、声なら出さなくてもいい。想うだけでこちらにも伝わる。此処はそういう場所だからな。






 想うだけで伝わる・・・。




 おかしな話だ。




 しかし、闇の中で聞こえるその声には、不思議な説得力があった。






(君は・・・誰なんだ?)






 その問いに、声は静かな笑い声を上げた。






――― おかしな事を聞くな、自分が誰かすらわからないのに、俺の正体を知ってどうするというんだ?






 確かにその通り。




 例え声が自分の事を語ったとして、記憶の一切が無いこの自分にとって、それが何になるというのだろうか。




 だから考えた。




 今一番知るべき質問を。






(・・・・・・この場所は一体なんだい?)






 何も見えない筈のこの場所で、何故だか声の主人が薄らと微笑んだように感じられた。








――― ああ、それは良い質問だ。さっきの質問より大分マシさ。






 喜色を含んだ弾むような声音。




 そして声は語り出した。






――― この場所は生と死の狭間にある虚無。現実と夢の間にある空間さ。まあ、つまりは何でもない・・・この空間は本当につまらない場所だ。・・・・・・だが、今の俺とお前にとってはとても重要な意味を持っている。








(重要な意味?)








 話についていけず、言葉をオウム返しにすることしかできない。






――― ああ、少し提案があるんだ。お前にとっても悪い話じゃない筈だ・・・・・・聞くかい?








 聞かないという選択肢は無かった。どんな提案にせよ、この闇でずっと一人でいるよりはマシだと感じた。






(・・・聞くよ)








――― ああ、それは賢い選択だ。








 そして、声はその提案とやらについて語りだした。








――― お前は今、死にかけている。






――― 放っておけばそのまま死んでしまうだろう。






――― 死にたくないか? お前は・・・・・・生きたいか?












 死










 記憶の無い自分にとって、それは恐ろしいものなのだろうか?




 生きていた実感すら無い。




 生きていないモノにとって、死は拒否すべきものなのだろうか?












(・・・・・・生きたい)










 生きたいと、そう思った。




 何故だか、ここで死んではいけないと、そう思えたのだ。








――― そうか、俺ならばお前を生かす事ができる。








(その見返りとして、一体ボクは何を差し出せばいい?)






 命の代償が安い訳が無い。




 きっとコレは悪魔との取引。だが、それでも、何を差し出しても生きなければと、そう思えたのだった。








――― 話が早いな。・・・実は情けない事に、この俺も死にかけでな・・・・・・俺とお前、互いに死なない為には方法は一つしかない。








(それは・・・?)








――― 簡単な話だ。






――― お前の体を・・・・・・俺に寄越せ。








(いいだろう)






――― やけに素直だな。即答じゃないか。






(迷っている暇なんて無い・・・記憶は無いけど、ボクはここで死んではいけない気がするんだ)






 体なんて、いくらでもくれてやる。








――― 良い覚悟だ。では、早速儀式に移ろうか。








(・・・・・・結局、お前は誰なんだ?)








 その問いかけに、声が静かに嗤った気がした。












――― ”光ヲ喰ラウ者” そう呼ばれている。



















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