第29話 初めての旅









 表だった戦争はしていないが、グランツ帝国とフスティシア王国の仲は最悪だ。




 故にフスティシア王国からやってきた二人は、帝国に入国する際に一悶着あることを覚悟していた。




 しかし帝国の入国審査は、このレベルの国家にしてはやけにあっさりとしたもので、担当の衛兵から、いくつかの質問を受けただけで簡単に入国ができた。




「・・・あまりにも審査が簡単すぎるような気がします。ミスター、前にアナタが帝国に来たときもこのような審査だったのですか?」




 アリシアの言葉にローズは首を横に振った。




「いや、自分が前に来た時・・・先代の皇帝の時代だが、審査はキチンと行われていたよ。今の女帝になってから体制が変わったのかな?」




 不思議そうな顔をするローズ。しかし最近の帝国事情に詳しくない二人に答えが出るはずもなく、また、審査が簡素化されたのならその方がこちらとしてもありがたい。故に二人は早々に話しを打ち切って中心街へと向かうのだった。














「・・・凄い。こんなにも様々な人種、種族が共存しているなんて」




 思わず呟いたアリシア。彼女が生まれ育ったフスティシア王国は騎士の国。法に重きを置く、厳粛な国民性が特徴的な静かな国だった。




 それに比べて目の前に広がる街並みは、あらゆる価値観、人種、種族がごちゃ混ぜになった、王国生まれのアリシアから見れば、カオスとも呼べるような世界が広がっているのだった。




 猫の耳が生えた獣人の少女を笑い声をあげながら走り回り、明らかに人よりモンスターよりな見た目をした、見たこともない亜人種が街中を闊歩している。




 呆然とするアリシアに、これまた驚いた様子のローズが語りかけた。




「・・・これは驚いたね。先代皇帝の時代はこうでは無かったんだけど・・・まさか亜人種まで受け入れているとは思わなかったよ」




「・・・世界は広いのですね。今私は、自分がいかに小さな世界で生きてきたのかを見せつけられていますよ」




 旅をして良かった。




 アリシアはこの瞬間、自分の見識の狭さを思い知ったのだった。




「・・・さて、驚いてばかりも居られないし。せっかくだから何か食べないかいレディ。せっかく他国に来たんだ。王国では食べられないような名物でも・・・」




 ローズの提案は途中で途切れてしまった。




 不審に思ったアリシアがローズの顔を見上げると、ローズは険しい顔である一点を見つめていた。


 その視線の先を見ると、見るからに粗暴な男達が、一人の華奢な少女を追いかけている姿があったのだ。




「・・・・・・レディ、わかっていると思うけど」




「ええ、事情もわからぬ他国で面倒ごとを起こすのは得策ではありません・・・ですが・・・・・・」




 アリシアは再び少女の方を見る。




「・・・ですが、こんな見るからに危ない状況を見過ごすような性格はしていませんので」




 その言葉にローズはニコリと微笑んだ。




「それでこそ君だ。いいよ、自分も手伝おう」

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