第3話 馬鹿と再会と事件


「あ……何だよ、アッシュと一緒なら。定期試験なんて、楽勝だな!」


 試験会場である地下迷宮ダンジョンにやって来た俺を、小学生並みの満面の笑顔で迎えたのは――同じクラスのレナ=ロンダニク。


 見た目は赤い髪の美少女なのに、中身はとんでもないレベルの馬鹿で。俺が女子だと認識出来ない貴重な存在だ。いや胸は残念だけど、何もしなければ普通に魅力的なのに……発言と行動は理解不能だ。


「何だよ、おまえ……腹減ってるみたいだけど。あたしのメロンパンは、絶対にやらないからな!」


 レナはよだれを垂らしながら、メロンパンにかぶりつく。おまえの涎がついたパンとか……絶対に食べたくない!


「いや……変な病気になりそうだから、いらねえよ」


 俺がゴミを見るような目で拒絶すると――


「何だよ、おまえ失礼な奴だな……自分が強いからって、鼻に掛けてるだろう?」


 レナは生まれも育ちも、帝立魔法学院には珍しい平民で。面倒臭い貴族社会なんて無縁だから、話していて気が楽なんだけど。


「あっそ……そんなこと言うなら、試験中に援護してやらねえぞ」


「えー! 嘘、嘘、冗談だから! あたしがアッシュの悪口言う訳ないじゃん!」


 ニシシと笑う歯の間から……はみ出る触手に、俺は吐き気を覚える。


「おまえ……メロンパン以外に、何を食ったんだよ?」


「……え? バッ〇と蜘〇だけど……なんか、問題ある?」


 ウッ……いや、マジで嘔吐する寸前だが。そんなレナの事が――俺は嫌いじゃない。


「おい、馬鹿レナ……解ったよ。俺が全部片づけてやるから。虫を食うのは、もう金輪際止めろよな?」


「なんでだよ……美味いじゃん!」


 本気で不思議そうな顔をする馬鹿に――俺は心底安心する。


 ビッチな女子と腹黒兄妹以外に俺に話し掛けてくるのは、こいつくらいだからな。


「もう良いよ、解ったから。おまえは本当に馬鹿だけどさ。馬鹿は馬鹿なりに、頑張ってるから……この試験は、最高点で合格させてやるよ」


「え……ラッキー! アッシュってば、実はあたしの事が大好きだよね! うん、解ってるから……レナの悩殺ポーズで、アッシュをメロメロにしてあげる!」


「……ふざけるな! おまえに惚れる男なんて、人類には存在しない!」


 そんな風にレナと軽口を言い合いながら、俺は地下迷宮ダンジョン怪物モンスターを殲滅していく。簡単に殲滅出来るのは俺が強いからじゃなくて。単純に怪物モンスターが弱過ぎるからだ。


 試験海上に出現する怪物モンスターは、魔法で身体強化が出来る学院の生徒であれば、間違っても死なない程度に調整されている。所謂いわゆるザコキャラという奴で、俺としては戦っても全然面白くない。


 だから普段は使わない・・・・・・・範囲攻撃魔法で、出会い頭に壊滅させた。


「うー……全然やること無くて暇なんだけど? 一匹だけ残すとか出来ないのかよ?」


「何を勝手なことを……だったら、攻撃役を変わってやるよ!」


「えー、嫌だよ。あたしがやると点数落ちるし」


「おまえなあ……」


 そんな感じで小一時間、地下迷宮ダンジョンを攻略していると――


 突然……極寒の視線を向けられていることに、俺は気づいた。


「へえー……アシュレイ君って、そういう娘が好みなのね?」


 紫色の極度の冷気――俺は皮肉な笑いを浮かべる。


「何だよ、ケイト=オードリー辺境伯令嬢……さっき断ったんだ、もう俺はおまえと関わり合うつもりなんて無いからな」


 ケイトの可愛さに……心が揺らぎそうだから。俺は精一杯、冷たく言い放ったのだが――


「ア、アシュレイ君が嫌なら……私はもう絶対……声なんて掛けないよ……」


 突然泣き出した完璧美少女に――俺が動揺しても仕方が無いだろう?


「おい、おまえさ……わざとやってるだろ?  何だよ……あざとい奴だな!」


 本気でムカついた俺は、ケイトを睨み付けるが……


「えっ……なんでよ? どうして、そんな事言うの? アシュレイ君は……勝手過ぎるわ!」


悲しみに暮れていた筈だが……ケイトは逆ギレして、俺を睨みつける。


「アシュレイ君……いいえ、アシュレイ=ウォルター! ケイト=オードリーは、あなたに決闘を申し込むわ!」


「……はあ? おまえなあ……何を考えてるんだよ?」


 こいつも馬鹿なのか? 今は試験中なんだから勝手に決闘なんかしたら、マジでシャレにならない。だけど、ケイトは本気で……俺に挑んでいるのが解った。


「まあ……良いけどさ。これで留年したら、学院を辞めるだけだし」


「「え……それは絶対に駄目だよ!」」


 何故か、ケイトとレナが声を揃えて俺に抗議する。


「おい……原因を作ったのは、ケイトおまえだろ? 学院生活もいい加減に面倒臭くなってきたから、俺は辞めたって全然構わないんだよ!」


 公爵になる資格を失ったら、親父とした契約に違反することになる。そのペナルティーは安くは無いし、契約で得る筈だったモノを失うことは痛手だけど――


「なあ、ケイト=オードリー……おまえが考えている以上に、俺にとって戦いってのは意味があるんだよ」


 他の何を失うよりも――挑まれた戦いを拒む事が、俺は嫌だった。


「え……それって……」


 何故かケイトは顔を真っ赤にして、俺から目を逸らす。


「おい……何なんだよ、おまえさ……何がしたいんだよ? 訳わかんないから……そういうの、止めてくれよ!」


 自分が動揺している理由が……俺には解らなかった。

 学院を辞める腹は決まったし、相手は格下のケイト=オードリーだ。俺が動揺する理由なんて無い、筈なんだけど……


 真っ赤な顔で俯くケイトから。俺はどういう訳か目が離せなかった。


 このとき――突然、地下迷宮ダンジョンに轟音が響いて地面が崩れる。


「……アシュレイ君、下がって!!!」


 俺を突き飛ばそうとするケイトの右手を――反射的に避けてしまう。


 堅い床の上に立った俺は……崩壊する床とともに落ちていくケイトを見た。


「良かった……アシュレイ君が無事なら……」


 笑顔で涙を浮かべながら、落ちていくケイトに――手を伸ばすが、届く筈もなく……


 崩壊する床とともに彼女は……暗闇の中に落ちていく。


「何だよ、おまえ……そういうの、ズルいだろう!」


「おい、アッシュ……止めろって、無理だから!」


 レナが叫ぶ声を無視して――俺は暗闇の中に飛び込んだ。


 孤高であるウォルターの人間としては、どう考えても失格な行為だけど……俺はこれで死んでも絶対に――後悔なんてしないと思う。


「……ケイト!!!」


 必死に叫びながら、ケイトを探す……なんて滑稽だろうと、俺は自分を嘲笑うが……


「アッシュ、おまえって……やっぱ、カッコいいよな!」


 落ちていく俺を見つめるレナが、そう言ってくれたから――俺は絶対にケイトを助けるって、覚悟を決めた。

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