第3話 馬鹿と再会と事件
「あ……何だよ、アッシュと一緒なら。定期試験なんて、楽勝だな!」
試験会場である
見た目は赤い髪の美少女なのに、中身はとんでもないレベルの馬鹿で。俺が女子だと認識出来ない貴重な存在だ。いや胸は残念だけど、何もしなければ普通に魅力的なのに……発言と行動は理解不能だ。
「何だよ、おまえ……腹減ってるみたいだけど。あたしのメロンパンは、絶対にやらないからな!」
レナは
「いや……変な病気になりそうだから、いらねえよ」
俺がゴミを見るような目で拒絶すると――
「何だよ、おまえ失礼な奴だな……自分が強いからって、鼻に掛けてるだろう?」
レナは生まれも育ちも、帝立魔法学院には珍しい平民で。面倒臭い貴族社会なんて無縁だから、話していて気が楽なんだけど。
「あっそ……そんなこと言うなら、試験中に援護してやらねえぞ」
「えー! 嘘、嘘、冗談だから! あたしがアッシュの悪口言う訳ないじゃん!」
ニシシと笑う歯の間から……はみ出る触手に、俺は吐き気を覚える。
「おまえ……メロンパン以外に、何を食ったんだよ?」
「……え? バッ〇と蜘〇だけど……なんか、問題ある?」
ウッ……いや、マジで嘔吐する寸前だが。そんなレナの事が――俺は嫌いじゃない。
「おい、馬鹿レナ……解ったよ。俺が全部片づけてやるから。虫を食うのは、もう金輪際止めろよな?」
「なんでだよ……美味いじゃん!」
本気で不思議そうな顔をする馬鹿に――俺は心底安心する。
ビッチな女子と腹黒兄妹以外に俺に話し掛けてくるのは、こいつくらいだからな。
「もう良いよ、解ったから。おまえは本当に馬鹿だけどさ。馬鹿は馬鹿なりに、頑張ってるから……この試験は、最高点で合格させてやるよ」
「え……ラッキー! アッシュってば、実はあたしの事が大好きだよね! うん、解ってるから……レナの悩殺ポーズで、アッシュをメロメロにしてあげる!」
「……ふざけるな! おまえに惚れる男なんて、人類には存在しない!」
そんな風にレナと軽口を言い合いながら、俺は
試験海上に出現する
だから
「うー……全然やること無くて暇なんだけど? 一匹だけ残すとか出来ないのかよ?」
「何を勝手なことを……だったら、攻撃役を変わってやるよ!」
「えー、嫌だよ。あたしがやると点数落ちるし」
「おまえなあ……」
そんな感じで小一時間、
突然……極寒の視線を向けられていることに、俺は気づいた。
「へえー……アシュレイ君って、そういう娘が好みなのね?」
紫色の極度の冷気――俺は皮肉な笑いを浮かべる。
「何だよ、ケイト=オードリー辺境伯令嬢……さっき断ったんだ、もう俺はおまえと関わり合うつもりなんて無いからな」
ケイトの可愛さに……心が揺らぎそうだから。俺は精一杯、冷たく言い放ったのだが――
「ア、アシュレイ君が嫌なら……私はもう絶対……声なんて掛けないよ……」
突然泣き出した完璧美少女に――俺が動揺しても仕方が無いだろう?
「おい、おまえさ……わざとやってるだろ? 何だよ……あざとい奴だな!」
本気でムカついた俺は、ケイトを睨み付けるが……
「えっ……なんでよ? どうして、そんな事言うの? アシュレイ君は……勝手過ぎるわ!」
悲しみに暮れていた筈だが……ケイトは逆ギレして、俺を睨みつける。
「アシュレイ君……いいえ、アシュレイ=ウォルター! ケイト=オードリーは、あなたに決闘を申し込むわ!」
「……はあ? おまえなあ……何を考えてるんだよ?」
こいつも馬鹿なのか? 今は試験中なんだから勝手に決闘なんかしたら、マジでシャレにならない。だけど、ケイトは本気で……俺に挑んでいるのが解った。
「まあ……良いけどさ。これで留年したら、学院を辞めるだけだし」
「「え……それは絶対に駄目だよ!」」
何故か、ケイトとレナが声を揃えて俺に抗議する。
「おい……原因を作ったのは、ケイトおまえだろ? 学院生活もいい加減に面倒臭くなってきたから、俺は辞めたって全然構わないんだよ!」
公爵になる資格を失ったら、親父とした契約に違反することになる。そのペナルティーは安くは無いし、契約で得る筈だったモノを失うことは痛手だけど――
「なあ、ケイト=オードリー……おまえが考えている以上に、俺にとって戦いってのは意味があるんだよ」
他の何を失うよりも――挑まれた戦いを拒む事が、俺は嫌だった。
「え……それって……」
何故かケイトは顔を真っ赤にして、俺から目を逸らす。
「おい……何なんだよ、おまえさ……何がしたいんだよ? 訳わかんないから……そういうの、止めてくれよ!」
自分が動揺している理由が……俺には解らなかった。
学院を辞める腹は決まったし、相手は格下のケイト=オードリーだ。俺が動揺する理由なんて無い、筈なんだけど……
真っ赤な顔で俯くケイトから。俺はどういう訳か目が離せなかった。
このとき――突然、
「……アシュレイ君、下がって!!!」
俺を突き飛ばそうとするケイトの右手を――反射的に避けてしまう。
堅い床の上に立った俺は……崩壊する床とともに落ちていくケイトを見た。
「良かった……アシュレイ君が無事なら……」
笑顔で涙を浮かべながら、落ちていくケイトに――手を伸ばすが、届く筈もなく……
崩壊する床とともに彼女は……暗闇の中に落ちていく。
「何だよ、おまえ……そういうの、ズルいだろう!」
「おい、アッシュ……止めろって、無理だから!」
レナが叫ぶ声を無視して――俺は暗闇の中に飛び込んだ。
孤高であるウォルターの人間としては、どう考えても失格な行為だけど……俺はこれで死んでも絶対に――後悔なんてしないと思う。
「……ケイト!!!」
必死に叫びながら、ケイトを探す……なんて滑稽だろうと、俺は自分を嘲笑うが……
「アッシュ、おまえって……やっぱ、カッコいいよな!」
落ちていく俺を見つめるレナが、そう言ってくれたから――俺は絶対にケイトを助けるって、覚悟を決めた。
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