第2話 腹黒皇子と妹皇女


「という事で、オスカー……今回もおまえを生贄いけにえに差し出したから、あとの事はよろしく」


 その日の昼休み。午前の授業を終えた俺は、冷暖房魔法完備の特別室で、昼食を取っていた。


 豪華な料理が並ぶテーブルを一緒に囲んでいるのは――この特別室の主であるプラチナブロンドと碧眼のイケメンと美少女の兄妹だ。


「あのねえ、アッシュ……皇子の僕をぞんざいに扱うのは君くらいなんだけど? 親友だから許すけど……毎回生贄いけにえに差し出すのは、さすがに止めて貰えるかな?」


 病弱な美少年を絵に描いたようなこいつは―――同じ二年生のオスカー=レイモンド。この国、ジルヴァーナ帝国のれっきとした第三皇子であり。病弱というのがフェイクであることを俺は知っている。


「五月蠅えよ、腹黒皇子……俺が女子ビッチにモテるのは、半分以上おまえのせいなんだから。後始末をするのは当然だろ?」


 俺に公爵家を継げと言い出したのは、確かに母方の祖父ジジイであるシュタインベルガー公爵本人だが――俺を跡継ぎにすることを祖父ジジイに吹き込んだのは、他ならぬオスカーだった。


 その上、こいつはシュタインベルガー公爵家の次期当主が学院に入学したと、事あるごとに宣伝してビッチたちを煽って来たのだ。


「だって、あの・・ウォルター家の直系で、十五歳にして五つ星『深淵殺しアビスキラー』になった君を、血族として迎え入れる以上のメリットなんて、次期皇帝を狙っている僕には無いからさ?」


 腹黒皇子オスカーが、当然だろうという感じで笑う。


「どんなビッチだって構わないよ。さすがに君も子供が出来ちゃったら……責任を取って公爵になるしかないだろう?」


 俺が欲望に敗けて子供を作ったら、ビッチが望む公爵になるしかないとオスカーは言っているのだ。多分、それは正解で……『生まれて来る子供のため』だとか言われたら、俺は公爵になることを断り切れないだろう。


 ウォルターの直系の血を、皇室に引き入れた事を手柄にして――オスカーは二人の兄を差し置いて、次期皇帝になる事を狙っている。


 だから……俺は、オスカーが嫌いだ。


「何を言っているんですか、お兄様……ウォルターの血を外戚である公爵家に与えるよりも、我がレイモンド家に直接取り込んだ方が効率的ですわよね?」


 オスカーと同じプラチナブロンドと碧眼の少女。見た目は幼女だが、実年齢十六歳と俺と一つ違いの彼女は――ソフィア=レイモンド第六皇女だ。


「ねえ、アッシュ! 私だって、あなたの欲望に……いつでも応える自信があるわよ!」


 そんなことを言われても――見た目十二歳の幼女に欲望を懐くような性癖を、俺は持っていない。


「ソフィ、おまえ……俺をロリコンだって、決めつけてるだろ?」


「あら、アッシュ……随分な、物言いですわね?」


 ニッコリ微笑むソフィアは――目だけは、笑っていなかった。自分を相手にするとロリコン認定されては、皇女のプライドが傷つくのだろう。


「それは、さておき……アッシュ? 今回は二週間も学院を休んだようだけど……任務の方は上手く行ったのかな?


「いや、任務じゃなくて。仕事って言えよ……ウォルターは帝国の犬じゃないんだからさ!」


 ウォルター家は――いかなる国にも機関にも所属しない独立した存在だ。

 それがウォルターの誇りであり、俺が貴族にならない理由だから……『任務』だなんて絶対に認める訳にはいかない。


「ああ、済まないアッシュ……僕の失言だった。君の仕事は順調に進んでいるのかな?」


 オスカーもそれくらい解っているらしく、素直に自分の非を認める。こんな事をするから……こいつを俺は『敵認定』する事が出来ないんだよな。


「仕事の方は順調で、ほとんど片付いたけどさ。完璧に完了するまでは時間が無かったから……後始末は一族の奴らに頼んで、俺は帰って来たんだよ。定期試験までサボったら、さすがに留年確定だからな」


 出席日数はギリギリでカウントしているが、それも補習が無い事が前提だ。試験を欠席して赤点を喰らったら、俺の留年は確定だろう。


 留年なんて……体面を重んじる貴族社会が許す筈もなく。俺が公爵家を継ぐ事なんて出来なくなるから。その時点で親父との契約は、不履行に終わる。


「そうね……アッシュは、いつも出席日数ギリギリだから。でも、私の下僕になれば……それくらい大目に見てあげるわよ!」


 瞳孔が消えたソフィアの笑顔に――俺は背筋に冷たいモノを感じる。

 皇族であるレイモンド家の幼女ソフィアは……兄であるオスカー以上の腹黒なのだから。


「ああ……メシは美味かったし。そろそろ俺は、教室に帰るとするか」


 俺たちウォルターにとって皇族など屁でもないが、オスカーとソフィアの兄妹だけは違う……こいつらはウォルターなんて道具としか考えていない。だから、面白いんだけどな。


「今日の午後からは、実技試験だったよな? オスカーにソフィア、おまえたちも参加するのか?」


 当たり前の質問をしたつもりだったが――野心家の皇族兄妹は、俺の言葉を嘲笑う。


「何を言ってるんだ、アッシュ……試験なんて、僕が受ける筈が無いだろう?」


「何を言っているのよ、アッシュ……試験を受けるのは、当然でしょ?」


 真逆の応えを口にする兄妹に――


「ああ、そうかよ……まあ、どっちでも良いけどさ」


 俺は鼻で笑って、特別室を後にした。


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