風呂の彼女

 その日の夜のことだった。

 寮の雰囲気的な話になるけど、みんな普段よりも早くお風呂に入った気がする。あくまでボク達と同じ学年の人の話だけど。

 まあ、汗とか汚れとかすごかっただろうし、なにより早く寝たいのかもしれない。

 実際に魔法とかを主体としている子は午前中ですでに疲れて午後にあの障害物走と考えたら見た目以上に体力はなくなってるだろう。

 かくいうボクはいつもどおりかなり遅めの時間に入るわけだけど。

 昨日のあの子もさすがに今日はと思っていたんだが、見事に時間が被った。

 そして改めて考えると見た目だけで同い年と判断するのが早計で先輩である可能性もある。なにせ風呂でしか会わないから制服のラインの色も見てなくて学年を知らないわけだ。

 そうなると先輩なら、別に時間が変わらないのはおかしくないというわけで。

 ボクが風呂に浸かっていると昨日と同じくなんとも言えない近くはあるけど至近距離ではない微妙な位置に陣取る。

 周りを見ればチラホラと先輩が入っていたりするし、それもいつもどおりだけど。

 どうしても昨日から何故か向けてくる視線がきになる。


「…………」

「…………」


 それと同時に無言なのだ。

 たまにボクがそっちを向くと視線があったりするけど、話しかけてきたりはしない。

 そしてこちらから話しかけようにも彼女のことを知らなすぎる。

 さて、この空気をこれから毎日ってなるのは辛いぞ。今までは特に気にならなかったけど、視線に気がついたのか昨日から何かをきっかけに視線を向けてきたのか。

 どちらにせよ行動することが求められている気がする。

 ただ、ボクの精神衛生と未来の都合上スキンシップに頼ることはできない。

 たまに女子同士の裸の付き合いとかでキャッキャしてる人もみるけど、あれは選べない。

 ……何も思いつかない。

 ボクもボクで疲れてないわけではないのもあるけど、まず女子の思考がわからないことは未だに多い。

 そもそも女子として一年も生きていないのだから当たり前だ。

 そのまま考えているうちに、自分でも今何を考えているかわからなくなっていった。


 ――そして次に自分の意識がはっきりした時、脱衣場の天井が見えた。

 まだ頭は微妙にボーッとするし体もだるい。

 そう思っていると視界に風呂の彼女の顔が入ってきた。


「起きた?」

「ぅぁっ!?」


 思わず跳ねそうになるが、そもそも体が動かなかった。

 抑えられているとかではなく、単純にものすごくだるくて言うことを聞かない。

 あと、今更ながら後頭部に柔らかい感触があるけど、もしかして彼女の脚か?

 ボクはいわゆる膝枕的なものをされているのか?


「いきなり動かないほうがいい」


 淡々と、昨日唯一聞いた『また明日』と同じようなトーンでそう言ってくる。


「ぁぃ……ぇっと、ボクはその」

「のぼせた」

「…………なんかごめんなさい。自分の不注意で」


 疲れと過度な思考で風呂に自分が思っていた以上に入っていたのかそれとも体調に影響がでたのか。どちらにせよ、完全に不注意だ。

 気がつけばいつの間にか服を着せられ……うん?

 脱衣所に出されるのはわかるけど服を着せられている。

 いや、まあボクの服の場所は彼女が知っていてもおかしくはない。なんか見られてたし。

 ただ、着せられた?

 いや、普通は着せること自体はおかしくないけど。なんだろうこの感じは。

 また頭がのぼせてきそうだ。


「顔赤い。大丈夫?」

「いえ、はい。これは違うんで大丈夫です」


 両手で思わず顔を隠してしまう。

 その後、しばらくしてどうにか体のだるさがマシになったところで起き上がって脱衣場の椅子――というより彼女の隣に座る。


「あの、ご迷惑を」

「問題ない。寮生活は助け合い」

「ま、まあそうなんだけど」


 これは完全に不注意だから、なんとも言えない。


「それにいいものが見れた」

「へ?」

「あなたの水色の髪ときれいな肌に興味があった。じっくり観察できた」


 頭が沸騰しそうだ。


「あの、もしかして風呂で最近みてたのって」

「ずっとじっくり見たかった。あなた綺麗だから」

「そ、そうですか」


 観察されたとかも恥ずかしいけど、そんなに綺麗だといわれるのも恥ずかしい。

 肌についてはともかく、髪は男の時からこの色だったりしたわけで褒められた時の感じ方が少し変わってしまう。


「あたしはイオ。イオ・マイカル。同じ学年」

「イ、イオさん。はい。ノアです」

「知ってる」

「ですよね……」

「これからよろしく」

「……はい」

「じゃあ、また明日。今日は水分をとって、可能なら涼しくして寝るのを推奨」


 彼女はそう言って何か満足気に脱衣場から出ていった。

 ボクはというと、しばらくその場で悶え続けた。

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