医務室
次に辿り着いたのは予定通りに音楽室だ。
ただ、思っていた以上に広い。
「オーケストラなどの練習も視野に入れて作られていますわね」
「だからこんなに広いんだ」
「とはいえ、学園の生徒だけでその規模の演奏ができる人材が揃っているとしたら、そちらのほうがすごいことですが」
「そもそも音楽ってどうやって作られてるか詳しく知らないんだよね」
ボクは知識的なことしか知らない。大人数による演奏などがあって、それが昔からの文化の一つとして継承されてきているのは知っているけど。そもそもどうやって覚えているかなどについては全くだ。
「お母様に聞いた話ですけど、その昔は楽器を吹いて耳で覚えてということをしていたそうですわ。なので、完全に才能やセンスによって選ばれた存在として奏者は崇められていた国まであるとか」
「それは知らなかった。でも、今は違うの?」
「羊皮紙などの視覚的に残せるものができてから楽譜が作られて、現在ではそれを見ることで少なくとも画面通りの記憶は誰でも努力でできる程度にはなったそうですが。楽器の扱いに関してはやはり努力でどうにかなる部分もありますが、表現方法などにおいてセンスが問われるかと」
「ということはやっぱり仕事として式典で選ばれる人なんかは、生まれつきの奏者みたいなところがあるってこと?」
「どうでしょうか。お父様は今はふたつの奏者がいるとたまに話してお母様といつも答えのない議論になっているのをみていましたので。わたくしも自信があまりありませんわ」
「ふたつってどういうこと?」
「先程から話しているセンスや表現力を存分に生かして新たな解釈や新たな音楽を生み出す方々と。逆に伝統的な昔から今に至るまで引き継がれている曲を昔の解釈そのままに再現するという奏者ですわね」
「へー。でも、そうなると式典は後者の人たちなのかな?」
「おそらくは……」
なんかややこしい話かもしれないな。
「この後はどうする? 迷うこともなくこれたからもう少し余裕はあると思うけど」
「そうですわね……」
音楽室もある程度状況を把握できた。
寮に戻ってもいいけど、アミリアさんもおそらく明確にやることがあるわけじゃないんだろう。
地図を開いて真剣に考えている。
「そうですわ。重要な場所の確認を忘れていました!」
そしてボクが窓の外を何気なく眺めて待っていると、突然声を響かせてアミリアさんはボクの腕を掴む。
「アミリアさん!?」
「医務室を確認しておかなければいけませんわ。怪我した場合にすぐに移動できるように!」
「その認識は正しいんだけど、別に逃げないから手を掴む必要はないんじゃないかな!?」
「善は急げですわ!」
聞いてない。聞いていないけどボクの存在を忘れているわけでもない。
そしてアミリアさんは入学試験のときからわかってたけど、結構力強い。
ボクはそのままアミリアさんに引っ張られるというより、半ば引きずられるような勢いで移動していった。
* * *
目的地に辿り着くまでの間、せめて最初の目的である道順を覚えるために、途中に覚えられそうな目印となる部屋を覚えようとしたけど、周囲の視線が微妙に痛くて結局何もわからなかった。
「ここですわね」
「うん」
「どうかいたしました?」
目的地につくと自然に手を離してくれた。全く恥ずかしいとかはないらしい。
いや、女子とどんな形でも手をつなぐのが恥ずかしいというのは、男だからな部分があるから問題ないか。いや、まあ実際にはつなぐじゃなくて掴まれるだったけど。
「大丈夫」
「学園の特別室はノックしたほうがよろしいんでしょうか? 誰もいない部屋も多いですわよね?」
「医務室は誰かいるだろうから、一応ノックしておいていいんじゃない?」
「そうですわね」
アミリアさんが扉をノックすると中から「はーい。どうぞ~」という声が聞こえてきた。
中に入ると薬草などの独特な匂いが鼻に少し入ってくる。
「あら、その制服は1年生ね。どこか怪我でもしたのかしら?」
医務室の中は薬品棚などが壁際に並びつつベッドがいくつかある。そして作業用と思わしき机と椅子もあり、若めに見える女性が座っていた。
「いえ、学園内の部屋の位置などを確認しておりまして」
「あー。偉い偉い。あんまりやらなくて、医務室わからないって子多いのよね」
白衣を身にまとっている女性だ。そしてスタイルはグラマーといえる。
「学園で治癒魔法や薬草の調合について教えているエリスよ。授業以外の時間は大体医務室にいるから怪我をしたり病気になった時には遠慮なくいってね。まあ怪我しないのが一番だけど」
「いえ、病気になったら寮からでないと思いますわ」
「魔法で体調崩すタイプの魔法を暴発させて、魔力関係の病気が突発的に起きる子とかもいるのよ。多くはないけどね」
魔力系の病気なんてあるのか。
エリス先生は椅子から立ち上がってボク達のほうへくる。そしてまずアミリアさんのことをじっくりと観察し始めた。
「でも……ふぅん。名前はなんていうの?」
「アミリア・ルージュともうしますわ」
「ルージュ家のお嬢様なのね。でもお嬢様にしてはしっかりと体も作っていて健康的ね」
「ありがとうございますわ!」
アミリアさん的には見られることが恥ずかしいということはなさそうだな。まあお嬢様だから慣れてるのかも。
対して、流れでボクのほうにもくるけど、正直気恥ずかしい。あとスカートの防御力が不安になってくる。なんで女子ってこれを平然をはいていられるんだろう。
さすがにずっと気になることはなくなったけど、こうやってじっと見られると意識してしまう。
「あなたは……えっと……あー……名前は?」
なんかすごい複雑な顔された。
「ノ、ノアです」
「フィオラ家の! あー、あなたがそうだったのね。いや、でも……ぇぇ……」
一瞬納得仕掛けたけど、やっぱり納得行かないと言わんばかりだ。
「ノアさんに不審な点があるのですか?」
「いえ……元々病弱で姿を隠してたみたいな話を聞いてたのよ」
「そうだったんですか!?」
フィオラ家の人間ということはバレたけど、詳しい事情はまだ誰にも話していないからアミリアさんは心底驚いている。ちなみにボクも今日はじめて聞いた。
そのはずの話が先生にバレているってことは学園内の先生には、あの設定ですでに説明しちゃっているってことか。リチアさん……それならやっぱり先に言っておいてほしかったです。
「でも、病弱と言うか……むしろこの体って」
「な、なにか?」
「いえ、あなた……本当に箱入りというか家の中とかで過ごしていた?」
「は、はい」
実際には真逆で外にいるほうが多かったし、なんなら野垂れ死にかけたことも何度もあるぐらいだったけど。女になっても男時代のそういう部分って残るのか。
「……まあ、少なくとも簡単に体調崩すことはなさそうな健康的な体ね」
納得はいかないけど、自分の上の立ち場の人間の家族に不用意に深入りするのは躊躇ったって感じだ。まあボクとしてはありがたいけど。
「エリス先生。ちなみに聞いてみたいんですが、この学園の戦闘授業における怪我の比率って……」
「一応、模擬戦が試験であるからある程度さばき方とかは、わかっている子たちが来ているから大怪我ってことは多くないわね。でも、小さい怪我はいっぱいあるわよ。まあ、すぐに治るし痕なんて残らない程度のものだけどね」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「いいのよいいのよ。まあ、それじゃあ1年間、あまりここの常連にならないように頑張ってね」
「はい! では、失礼いたしますわ」
「失礼しました」
なんか観察が終わったら流れるように送り出されてしまった。他にようはなかったけど不思議だ。
「それでは、寮へ戻りましょう。ノアさん」
「うん。そうしよっか」
外を見ると少し日が落ち始めた。
職員室によって地図を返してからボク達は学園を後にして寮へと戻る。
というか学園内の地図は借り物だったんだ。
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