110.あんたは手を汚せるかい?
人間を滅ぼすのは簡単だ。ミューレンベルギアはその計画を、数十年かけて練り上げた。まだ夫にすら話していない計画を知れば、優しい魔王は止めるだろう。
最上階にある魔王の居室から、螺旋階段をゆっくり降りる。その後ろに続くネリネは、普段と違い階段を踏み締めて歩いた。降りるだけならば飛び降りた方が早い。そのために階段の中央は広く開けてあるのだから。
ならば隣を歩く彼も話があるのだろう。
「ネリネ、あんたは魔王のために手を汚す覚悟はあるかい?」
「その覚悟なくして、あの方は守れません」
言い切った魔族の宰相を、足を止めずに顔だけで振り返った。にやりと笑った巫女の隣に並んだネリネを待って、計画を手短に説明する。穏やかな表情で最後まで口を挟まずに聞いたネリネは、肩を竦めた。
「本当にあなたは傑出した女性ですね。魔族ですら躊躇うでしょうに」
残酷さではない。それは人間が飛び抜けている。狡猾さとも違う。
「子を産む女であり、死ねない身だから考えつくのさ」
「私に異存はありません。魔族の重鎮への根回しは行いましょう。あなたは計画を進めてください」
頷いたミューレンベルギアの顔に迷いはなかった。ずっと虐げられた魔族の悲鳴も、苦痛も、すべて知っているから躊躇いはない。魔王シオンは自分達がこの世界に来たのが諍いの原因だと思っているが、厳密には違った。世界はそう単純ではない。
この秘密はまだ明かすわけに行かないね。もし口にしたら、シオンが壊れてしまう。それはあの子も、私も、女神も望まない。
「リクニスへの説明は、私がするよ。そろそろ皆が着く頃だろうしねぇ」
階段をすべて降りた2人は、会話していた事実が嘘のように背を向けて歩き出した。覚悟を決めてクナウティアの部屋に戻ったミューレンベルギアを迎えたのは、予想外の光景だった。
「……何してるんだい?」
「あ、オババ様! これ素敵ですよね」
首飾りを見せるクナウティアの自慢げな様子と、取り上げようとするルドベキア。それを阻止する兄2人が父を後ろから羽交い締めにしていた。
「魔王様から貰ったんです」
美しい装飾がされた首飾りだが、魔力を感じる。近づいてクナウティアの首を飾る鎖を手に取った。じっくり観察し、居場所を感知する以外にも仕掛けがあると気づいた。すべて彼女を守るための魔法陣だ。
魔法や物理攻撃を弾く結界が常に発動し、落としても彼女の元へ戻る仕掛けが施されていた。また彼女の身に過ぎる女神の加護を弱めている。これによって、クナウティアの魔力が食われる量が激減した。
「ミューレンベルギア様、これは外した方が良いでしょう!?」
何とかして賛同を得ようとするルドベキアの頭を、ぺちりと叩く。
「馬鹿なことを言うでない。お前の娘を護る護符と同じじゃ。常に身につけさせよ」
束縛用の首輪と思っていたルドベキアは、驚いた様子で力を抜いた。背後から羽交い締めにする息子達とのバランスが崩れ、首を絞められる羽目に陥る。咳き込んだルドベキアが復活するまで、バーベナが用意したお茶を飲みながら巫女は待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます