87.防衛魔法陣を踏んじゃったわ

「あらぁ……こんなところにいたの」


 なぜか響いた女性の声と、直後に空中から落ちてくる人影にセージが駆け寄った。落下する地点を見極め、腕を伸ばして抱き込む。そのまま落下の勢いに逆らわずに地面へと転がった。慣れた所作なのは、これが初回ではないからだ。前にも同様に落下する彼女を受け止めた。


 無理に腕だけで受け止めると脱臼するため、身体ごと丸めて転がり勢いを殺すのが正しい。当たり前のように助けたセージも異常だが、助けてもらうの前提で落ちてくる女性も女性である。


「さすが私の息子ね」


「母上……空から落ちる前に予告を、とあれほど言ったのに」


 ぼやきながらも、身を起こしたセージは腕の中の女性の安否を確かめる。手足や背中、頭をしっかり確認してから立たせた。自分もケガひとつないところは、慣れが見える。


「……あの女、落ちてきた……?」


「翼もないのに飛んだのかよ。人間こえぇ」


 騒ぐ魔族は遠巻きに眺める。ケンカ見物は落下人間とそれを受け止めるショーに変わったが、彼らにとって娯楽である事実は変わらなかった。


「非常識な方ですね」


 後を追って転移したのは、魔王の側近ネリネだった。魔王城の廊下を遠回りしながら歩いている最中に、突然「あらぁ」と呟くなり魔法陣で転移した。どうやら侵入者を外へ捨てる防御魔法陣に引っかかったらしい。慌てて追いかけたところ、近くにいる親族の上に落ちたのだ。


 本来はもっと近い位置に親族が集まっていたが、彼らは魔王城の敷地内だったため転送先の候補から外れていた。そんな事情を知る由もない母と長男は、再会を喜ぶ。


「無事でよかったわ」


 微笑んだ途端、リナリアの平手がセージを襲う。ぱちんと頬を殴られた1発目に続き、2発目の拳は後ろに下がって避けた。立派に頬にモミジを作ったセージが、頬を手で押さえる。


「いてて……」


「ティアを守れなかった罰よ。夕飯抜きは勘弁してあげるわ」


「……母上は魔王城に?」


「ええ。魔法陣踏んじゃったみたい」


 運が悪かったと笑い飛ばすリナリアは、口を開かなければ美人である。流れる銀髪を軽く結い上げたスタイル抜群の彼女に、一人の魔族が声をかけた。


「誰か決めた番はいるのか?」


「あら、もう子供がいるのよ」


 指さしたセージを見て、魔族ががくりと肩を落とす。一目惚れは一瞬で砕かれた。泣き出した魔族を周囲の同族が慰める。そんな彼らを冷ややかに眺める魔族の宰相ネリネが、リナリアに一礼した。


「使者殿が防御魔法陣により弾き出されたとは、私の失態です。誠に申し訳ございません」


「いいのよ。おかげで息子にも会えましたから」


 からっと笑い流すリナリアは、きょろきょろと見回して眉を寄せた。夫がいない。一緒に魔王城の近くに飛ばされたはずなのに、どこで油を売ってるのかしら。見つけたら躾け直さないといけないわ。その頃、娘や息子と再会したルドベキアが身震いしたのは――身の危険を感じた本能の仕業かも知れない。


「あとはお兄様とお母様を呼べば完璧だわ」


 クナウティアは着々と進む一家の魔王城移住計画に、のんびりとした口調で笑顔を浮かべた。

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