78.かき乱す、魔族の恋愛事情

 魔王シオンに、「恋仲の鱗人と手に手を取り合い駆け落ちした」と勘違いされた聖女は、駆け落ち相手と目される鱗人を励ましていた。


「頑張って、後すこしよ」


「重すぎるだろう、くそっ」


 最初は抱えて移動していたが、重さに休憩を挟みながら最短距離を進んだ。庭の生垣を潜り、引っ張り出したルドベキアは今、鱗人に背負われている。だらりと垂れた両手が邪魔で、苛立ち紛れに振り払う。ずるりと落ちそうになった身体を、揺すって背負い直した。


 額に滲んだ汗を、クナウティアがハンカチで拭う。洋服がしまってある小部屋に、下着と一緒に詰めてあったのを持ち出したのだ。あの部屋の服は勝手に着てもいいと言われたが、動きやすい服が少ないのが欠点だった。こうして動き回るには、フリルやレースが多すぎた。


 元から活動的なクナウティアは、可愛い服で着飾る意味を理解していなかった。洋服を調達しに行ったのは、ほとんどが男性魔族だ。女性の服などじっくり選ぶ者はおらず、バーベナが渡したサイズのメモを見せ、店の人が勧めるまま購入した。


 つまり値札も見ない、明らかにプレゼントらしい服を購入する身なりのいい男性に、店主達は高価なドレスを売った。中には数年単位で売れ残った高額ドレスも含まれていたが、魔族は金銭感覚が鈍い。金貨を素直に払ってしまった。


 そのため彼が店に来るたび、様々なドレスを渡される。色も虹色を網羅した後はピンクやオレンジなどの中間色、最後は黒や紫まであった。明らかにクナウティアに似合わない色やデザインも混じっている。最後の頃はサイズまでいい加減になり、胸元が大きく開いたドレスも混じった。


 裾が引きずるほど長く、クナウティアより10cmは身長が高くないと着られない。明らかな在庫処分だった。哀れなほど胸が平らなクナウティアが着用したら、臍の辺りまで丸見えになる。そんな服を着たが最後、聖女は露出狂の変質者だったと魔族に語り継がれるだろう。


「裾を踏みそう」


 愚痴ったクナウティアは、ひょいっとドレスの裾を腰の飾りに絡めた。これで膝の辺りまで解放されて自由に動ける。子供すぎる彼女は知らなかった。淑女は足首より上を夫以外の男性に見せないという慣習を。田舎の男爵家の小娘である。普段は自宅の小さな領地を耕す彼女は、動きにくいなら裾を短くすればいいと軽く考えたのだ。


「ぐあ! 貴様、その破廉恥な足を隠せ」


「どうして?」


 母リナリアが奔放に育て過ぎた影響が、いま鱗人を襲っていた。不思議そうに近づく彼女の、小麦色の足が目に眩しい。凶器か、狂気か。混乱した鱗人は、慌ててルドベキアを下ろした。しゃがみ込んで、幼い少女のスカートの裾を捲る手を取った。


「……まさか、そのような……ひどいわ」


 引きつった悲鳴のような声が聞こえたのは、鱗人の後ろだった。振り返った彼の目に、思いを寄せる侍女バーベナがいる。目に涙を浮かべ、口元を手で押さえて表情を歪めるバーベナに、クナウティアがトドメを差した。


「平気よ、私は気にしないから」

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