53.兄は勇者にされてしまった

 人を集め動く必要がある。リアトリスの話を聞いた国王の触れが国中を駆け巡った。


 ――魔王討伐軍の結成である。


 さすがに聖女誘拐の話は伏せられた。人々の士気が下がり、下手すると絶望しか与えない。リクニスの血族が動けば話は変わるだろうが、確定するまで公表できなかった。


 リクニスの短剣1本で踊るわけにいかないのだ。リアトリスが旗頭となり、求心力を発揮する。そこに神殿が協力して、人々の気持ちを昂揚させた。


 勇者召喚に関しては、セントランサス国内でも賛否が分かれる問題だ。周辺諸国からも反対意見が出ていた。今までは聖女による勇者の召喚が出来たこと、召喚された異世界人の能力の高さゆえに、魔王討伐のために目を瞑ってきた。


 今回の騒動でリアトリスが行った演説が、人々を上手に説得する。王宮のテラスに立ち、魔道具で声を響かせた彼のカリスマ性は、セージも認めざるを得なかった。リアトリスの護衛騎士と並んで立つため、高そうな服に着替えて斜め後ろに控える。見下ろす景色は、いつもなら下から見上げるものだ。


 こちら側に立ってること自体、不思議だった。


「我らの世界の問題は、我らの手で解決すべきだ! 魔王がどれだけ強くとも、異世界から呼んだ若者を死地に送り込む行為は中止して然るべきである」


 自分の先祖が行ってきた、当たり前の概念をひっくり返したのだ。異世界から呼んだ勇者が、その後増長して騒動を起こしたこともある。世界征服を目論んで、他国で討伐された事例もあった。


 人々の中に薄らと浮かんでいた『勇者は本当に必要なのか』という疑問を、リアトリスは肯定した。不要だと断じたことで、人々に当事者意識が芽生える。


 魔王が復活して害を為したら、どこか知らない世界から呼んだ奴が勝手に倒してくれる――そんな御伽噺は信用できないと感じた。賢者も聖女も、この世界の人間が選ばれる。


「勇者は象徴であり、こたび選ばれた聖女クナウティア陛下の兄君セージ殿にお願いしようと思っている。彼は城塞都市リキマシアで、有名な武人だ。強さも人格も保証しよう! さあ、人々よ、立ち上がれ」


「……俺?」


 リアトリスの演説の後ろで、セージが青ざめる。なんでこんな話になった? というか、何も聞いていないぞ。確かに高そうな服を着せられたが、王子の後ろで国民の目に入る位置に立つからだと思っていた。


 いきなり勇者に指名され、足元の国民は歓喜に湧いている。いや、そこは反対してくれ。今まで名も知らない男爵家の息子がいきなり勇者を名乗るのに、誰も反対したり疑問を挟まないのはおかしいだろう。


 青ざめたセージを、後ろの騎士が押し出す。つんのめるようにしてテラスの縁に手を掛けた彼に、耳が遠くなるほどの歓声が届いた。


 手を振り興奮した人の群れを見て、感動する前に恐怖を覚える。確たる信念も意思もなく、煽られるままに踊る民への……本能的な拒否だった。

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