45.魔王の幼女趣味疑惑
目が覚めたら知らない部屋だったが、クナウティアは気にせず寝返りを打った。王宮の中に知っている部屋や天井なんてほとんどない。天蓋がレースで可愛らしいベッドも、特に違和感はなかった。
吐いて胸焼けが軽減され二度寝の態勢に入る聖女に、焦ったのは見張りの魔族だった。
「おい、陛下かネリネ様にお知らせしてくれ」
聞こえた声に、クナウティアは身動いだ。誰か部屋にいるらしい。でも兄の声ではない。ここ最近の騒動で眠りが浅かったので、もう少し寝かせて欲しい。
清潔な寝具で柔らかい枕を抱いて、クナウティアは再び眠りの腕に身を委ねようとしていた。
「目が覚めたか、聖女よ」
バタンと勢いよく開いたドアの向こうから、大股で歩み寄る足音が煩い。
「静かにして、眠い……の」
半分眠りかけている聖女を見て、起きたら知らせるように告げた見張りの魔物の頭を叩く。ぽこんといい音が響き、「いてぇ」とぼやく声が重なった。
興味をそそられたクナウティアは、ごろんと寝返りを打つ。シーツを身体に巻き付けながら転がった少女は、欠伸を手で覆った。大きな欠伸を隠す手の間から見えたのは、2本足で立つ猫と青白い顔の青年だった。
「あなた、だぁれ?」
寝惚けたクナウティアの声は甘えるように掠れた。嘔吐で痛めた喉のせいだが、魔王シオンは興味深そうに近づく。
魔王の姿は人間とほぼ変わらない。頭に角が2本あるくらいだった。背の翼も普段は消しているため、クナウティアはあまり気にしない。他人の装いをあれこれ噂したり貶すのは、行儀の悪いことと父に教わった。
頭の角はさすがにちょっと驚くが、まあ生えてる人もいるのかな? 程度の軽い気持ちで流した。近所には髪がない人や歯が抜けた人もいたし、肌の色が違う異国の人も住んでいる。魔族の象徴である角も、クナウティアには個性だった。
「余の姿に驚かぬのだな」
「どこか気にして欲しいの?」
問い返すクナウティアの豪胆さに呆れ、さらに興味を惹かれた。人間は魔族を見ると攻撃するか、命乞いする。どちらかしか知らない魔王にとって、クナウティアは珍獣だった。
「命乞いはせぬのか?」
戦う術を持たない少女の無力さを揶揄する魔王へ、クナウティアははふんと2度目の欠伸をした。
「殺されちゃうのは困るわ。家族も友人も悲しむと思うし、恋くらいはしてみたいの」
またもや思わぬ反応をする少女を、シオンはいたく気に入った。人間らしからぬ反応を見せる彼女なら、そばにおいても退屈しないだろう。
「ネリネ」
召喚した部下が、すぐに足元に現れて優雅に一礼した。洗練された所作は上位貴族の柔らかさと、軍人のキレの良さを程よく両立させる。
「この娘が気に入った」
「それは……ようございました」
穏やかに答えながら、ネリネは内心で「魔王は幼女趣味だったのか、いや……ぎりぎりだが」と焦っていた。16歳で選ばれる聖女なのだから、すでに結婚できる年齢だ。しかし外見が12歳前後と幼いため、危険な嗜好の持ち主に見える。
奔放なサキュバスや豊満な肉体のヴァンパイアを退けてきた魔王が、初めて興味を示した異性がこれか。顔立ちは可愛いが、胸はぺたんと平らで膨らみはない。背も小さく、並んで腕を組むより抱き上げて運ぶサイズだった。
なるほど、幼女趣味なら今まで充てがった女性魔族がことごとく拒否された理由に納得できる。
「我が君、さすがに手出しはお控えください」
もう少し成長するまで。そう匂わせたネリネの心配を、シオンは「わかっている」と笑い飛ばした。このような幼く小さな子供を引き裂いても楽しくあるまい。それより物怖じしない態度や風変わりなところが興味深かった。まだ壊す気はない。
長く主従の関係にある魔族のトップ2は、思いがけぬすれ違いと勘違いで頷き合った。
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