35.謁見は恙なく……

「よくぞまいられた、あなたが新たな聖女クナウティア様か」


 国王という国の頂点に立つ男は、玉座から立ち上がって壇上から降りた。同じ陛下の称号を与えられる聖女は、彼にとって目下の存在ではなく並び立つ者だ。


 どれほど外見が幼く12歳にしか見えないとしても、女神ネメシアの選んだ少女だった。薔薇色のドレスは、アルカンサス辺境伯が用意したと聞く。ピンクブロンドの真っ直ぐな髪に似合う、清楚で上品なデザインだった。


 髪をハーフアップにしたクナウティアは、青ざめた顔色で震えながら会釈した。小刻みに震える妹を手助けするため、セージは後ろに控える。倒れそうなクナウティアを支えられるよう、すぐ近くで顔を伏せていた。


 それでも周囲の警戒と観察は怠らない。妹クナウティアを手籠にした王太子は、あれか。玉座のある正面に身綺麗な青年が立っていた。女神の祝福を受けた聖女の末裔であるため、赤みがかった金髪に青い目の美丈夫だ。


 どんなに豪華な衣装で隠そうと、お前の本性はわかっているぞ。睨み付けると気づかれるので、足元へ視線を注いだ。心の中で家族に聞かせられない罵詈雑言を吐き捨て、表面上は神妙に控えて見せる。家族の中で一番腹芸に長けた長男は、この場で王太子を殺めるのは得策でないと判断した。


 王太子を殺せば、当然死刑だろう。妹の聖女としての立場を考えれば、兄が死刑囚というのは外聞が悪い。今後のクナウティアの人生に影を落とすのは困る。魔王退治に連れ出される彼女の装備や、待遇が落とされるのも命取りだった。


 傲慢な王族ならその程度のこと、やりかねない。他国を回る関係上、どうにもならない屑王家をいくつか見てきた。この国は表面上綺麗に保っているが、内情はわからない。


 慎重に行こうとセージは長期戦の覚悟を決めた。


「は、はい。クナウティアと申します」


 貴族令嬢なら「リッピア男爵家クナウティア」と家名を先に名乗る。しかしセージやニームも含め、男爵家の子供達は家名を口にしなかった。男爵という、貴族でもっとも下の爵位を恥じたわけではない。


 これは父ルドベキアと母リナリアの言いつけだった。必要最低限しか名乗らぬように、と。その意味を問うたこともあるが、いずれ分かるとはぐらかされた。


「愛らしく華やかなご令嬢だ。さすがは女神ネメシア様の選ばれた乙女よ。これから聖女の役目もあるが、我が国は全面的に援助し協力いたしますぞ。隣の護衛は兄君だとか。そうそうバコパ、いやアルカンサス辺境伯から聞いたが、兄君は強盗団を倒した強者だとか。知らぬ土地で聖女様も不安であろう。兄君を」


「護衛にしてください! お兄様がいないなら、帰ります!!」


 昨日と同じくクナウティアは訴えた。今回は誤解される要素はない。国王も麗しき兄妹愛だと頷いた。


「そうしなさい。慣れない王宮にて不安だろう。兄君と続き部屋になる客室を用意した。ゆっくり休んでくだされ」


 穏やかな初老の紳士といった風情の国王が促すと、案内の侍女が進み出る。立ち上がり一礼したセージは、近づく青年の気配に妹の肩を抱き寄せた。


「聖女様、お時間をいただけませんか」


 丁重に話しかける王太子リアトリスに、セージはクナウティアを背に隠す。それから人を逸らさぬ笑みを作り、一刀両断した。


「妹は人見知りでして、接触は最低限でお願いします。本日は疲れておりますので、これで失礼します。行くよ、クナウティア」


 反論の間もなく踵を返した兄に連れられ、クナウティアは後ろ髪を引かれながら広間を出た。


「嫌われたのか?」


 ぽつりと呟いたリアトリスの声は、複雑な感情を滲ませて広間に響いた。

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