29.豪華な食事を楽しめた理由

 運ばれた料理はスープから始まり、山盛りのサラダ、ポテトの上に骨付き肉を大量に乗せた豪快なプレートが続いた。青菜のキッシュは卵の黄色と緑が鮮やかで、魚料理も塩釜焼きと凝ったものだ。


「すごい! 美味しそう」


「おう、好きなだけ食べてくれ」


 恋に恋する少女に、部隊長は大盤振る舞いだった。女神ネメシアの薔薇色の髪をもつクナウティアが、この場にいる独身騎士や兵士の嫁になってくれたらと、彼らの父親のような心境で見守る。


 キッシュを頬張るクナウティアの隣で、頬についた卵を指先でぬぐい、兄セージは平然とその指を舐めた。羨ましそうな視線が向けられるが、彼らが己の姉妹に同じことをするかと問われたら首を左右に振っただろう。よほど仲良くなければ、姉妹に怒られる。


 世話を焼かれることに慣れたクナウティアは「ありがとう」と照れた様子で礼をいい、頬張るのを我慢して小さく切って食べ始めた。その様子が可愛いとまた周囲が沸き立つ。


「随分と豪華ですね」


 妹のために魚の骨を拾って取り分けるセージの言葉に、料理を作った料理番が口を挟む。


「あんたらは運がいい。王子様の騎士が倒れた騒動で、伯爵様が用意した食材が余ったんだ」


 王太子に振る舞う予定のご馳走のおこぼれらしい。夜になっても帰ってこない騎士を心配し、見つけた後も大騒ぎだった王太子はゆっくり食事を取れなかった。


 商業の中継地として栄えるリキマシアは海産物から珍しい果物まで、幅広く食材が集まる街だ。アルカンサス辺境伯が振る舞う予定だった食材は、辺境伯家のご家族に供された後、残った分を詰め所の兵士へ分け与えた。おかげで豪華な食材が並んだのだ。


「うまい」


 大喜びで食べる兵士達を横目に、クナウティアは疑問に首をかしげた。しかし兄に黙っているよう言われたことを思い出し、今度は肉に手を伸ばす。ナイフとフォークを器用に使うセージが、肉から骨を外した。差し出された肉を、小さく切って口に放り込む。


 王子様がきたらご馳走が出るなら、きっと私が王宮へ行ったらこんな豪華なご飯が食べられたのね。お父様やお母様、ニーム兄様も招待できたらいいのに。


 随分とのんびりした思考だが、16年間大切に箱に入れて育てられたお嬢さんの考えることなど、この程度だ。美味しい物を家族と分かち合う想像を膨らましながら、クナウティアは頬を緩めた。


「王太子殿下は突然いらしたのですか?」


「ああ、なんでもを探しておられたらしい」


 げふぅ……勢いよく咽せたクナウティアに、果実水を渡しながら、背中をとんとんと叩くセージが人差し指を唇に当てた。その仕草に、クナウティアは焦る。


 まずいわ、私のせいでお兄様が危険に晒されてしまう! 咽せたせいで聖女だとバレた、そう思い込んだクナウティアは青ざめた顔でコップを握る。少し震える妹の肩を引き寄せ、セージは穏やかに話を続けた。


「なにか目印などがあるのでしょうか」


「伯爵閣下ならご存知かもしれないが、俺らは知らないな〜」


 麦酒を口にした部隊長は気が大きくなったのか、部下達に奢りだと叫んで乾杯を繰り返す。盛り上がる宴会場と化した食堂から、2人はそっと脱出した。


「ティア、このまま伯爵様に会いに行こう」


「……うん」


 兄に任せれば大丈夫。自分に何度も言い聞かせ、クナウティアは震える足で砦へ歩き出す。怯える妹クナウティアの様子に、セージは父ルドベキアの言葉を思い浮かべた。


 クナウティアは教会より王室の方が安全だ。女神に選ばれた聖女の手足を縛り口を塞ぐ行為も、2階から落ちて足を痛める状況もおかしかった。教会は聖女を利用しようとする可能性が高い、父の厳しい表情と口調を脳裏に蘇らせたセージは、抱き寄せたクナウティアのピンクの髪に口づけを落とした。


「心配いらない、俺が一緒にいる」


 その一言に、クナウティアは小さく頷く。やっぱり聖女は危険で、お嫁にいけなくなるような役目なのだと――心配する兄の曇った表情で確信を深めた。

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