17.騎士はすべてを曝け出せなかった

「誠に、面目次第もございません」


 平身低頭謝る騎士ガウナは、額を床に擦り付けて王太子の前にひれ伏した。仮にも王都を守る騎士の叙勲を受けた者が、街の一般市民に叩きのめされる事態は、失態以外の表現ができなかった。


 だが、王太子リアトリスが把握しているのは「通用門の前に騎士が倒れていた」ところだけ。それ以外の話はまだ知らなかった。いつかバレると思いながらも、ガウナは自分の口から言い出せずにいる。


 ガウナは夜半過ぎ、夜露が降りる前に発見された。実家に用のある使用人がおり、彼が外へ出ようと通用門を使ったのだ。内側から二重の錠が施された鉄の扉を押したところ、外に何かがつっかえて動かない。


 仕方なく砦の表門に回り、衛兵に相談したのが良かった。危うく朝まで失神したまま、野晒しになるところだった。そのような姿を民に見られたら、騎士の威信は木っ端微塵だ。ぎりぎりで回避できた危機に、王太子は心底安心していた。


 通用門を使おうとして通報してくれた使用人に、お礼を渡すよう手配もしたい。アルカンサス辺境伯の元へ足を運ぼうとした時、部屋の扉をノックする音がした。


「構わん、入れ」


 リアトリスの許可を得て部屋に入ったのは、辺境伯本人だった。出向く手間が省けたリアトリスはソファに座り、目の前に土下座姿の騎士ガウナ。事情をよく知らない辺境伯は勘違いした。


「どうやら、悪い場に出会ったようです」


 独特な言い回しをして回れ右をしようとした背に、王太子の制止がかかる。ソファに座るよう促した。


「ちょうど話があった。こちらへ」


「ですが、ガウナ殿は……その」


 叱られているのでしょう? そう首をかしげて言葉を濁す。どう見ても、女の尻を追いかけた騎士を叱責する場面だった。実際は路上に捨てられていた失態の詫びなのだが、辺境伯の歯切れの悪さにリアトリスは思い出す。


 そうだ、この騎士は護衛対象の僕を放り出して、女性を追いかけた。その件も話をしなくては。


「ガウナ。この件は後にしよう。立て」


「はっ」


 命じられれば従うのが、騎士である。敬礼して姿勢を正す男へ、リアトリスは言葉を選びながら尋ねた。


「さきほど……その、女性を追いかけて行ったが、あれは、その……つまり、あれか?」

(惚れた女を追いかけたのだろう?)


「誤解です! そういうつもりではなく」

(殿下の護衛の任を忘れたわけではない)


「ではどういうつもりだった? この僕を放り出したのだぞ」

(色欲に溺れるのは仕方ないが、仕事の時は控えるべきだ)


「それは、言い訳のしようもございません」

(城塞都市の中とはいえ、殿下をお一人にしてしまった)


 潔いのが騎士と教えられたガウナにとって、上司へ強く反論するのは気が咎めた。そして彼らの会話はちゃんと通じているようで、微妙にズレていた。そのズレに気づかぬまま、辺境伯も誤解を深める。


 王太子と護衛騎士ガウナは衆道という関係か。軍だとまれにいるし、偏見はよくない。頷いて間違った納得をするアルカンサス辺境伯。


 王太子リアトリスは、優先すべき護衛対象の王子を放り出すくらいだから、ガウナはよほどあの女性に惚れているのだろうと思った。今は聖女の件が優先だが、落ち着いたら見合いを申し込ませるか。


 ガウナは唇を噛み締めた。王太子の護衛を仰せつかり、聖女の迎えに抜擢されたのに。上司の信頼も、王子の温情も踏みにじるような失態だ。女性を追いかけたのは、彼女が聖女の関係者だと感じたからだが、今更何をいっても言い訳に聞こえる。何より、これ以上足掻いてみっともない真似を晒すことに気が引けた。


 すでに失望させた王太子に、一般市民に殴り倒されたなど……報告できない。そこをぼかしたら、何も説明できなかった。もし彼女の話をして、あの家に行ったら手も足も出ず負けたことがバレてしまう。


 三者はそれぞれに勘違いしながら、中途半端に口を噤む。誤解はどうにもならない深さまで絡まった。


「早朝、王都へ引き返して聖女様をお探しする」


 王太子リアトリスの宣言に、その場は誤解を量産しただけで何も解決しないまま、お開きとなった。

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