11.無言なのは舌を2度噛んだから
大切な親友が教会に閉じ込められた。セントーレアは焦っていた。貴族令嬢である彼女にしてみたら、嫁入り前に外でお泊まりなど考えられない。たとえ、それが教会であっても。
神官は金を払えば、
せっかく女神ネメシアに
話をすれば、クナウティアを迎えに行ってくれるだろう。少なくとも日が暮れて、夜になる前に迎えに行かなくては。
一張羅のドレスの胸元に隠した手紙を、手で押さえた。クナウティアは幼く見えるので12歳前後に勘違いされるが、セントーレアは逆だった。大人びて見えるため、18歳くらいに間違われる。一緒に歩くと、互いに年齢差が強調される悪循環だ。
考え方も幼いクナウティアは、兄が2人いる末っ子だ。貧乏男爵家の娘であっても、世間的には箱入りだった。反対にセントーレアは長女で一人っ子だ。
互いに真逆だからこそ仲の良かった幼馴染みは、ぐっとドレスの胸元を握った。皺になることも気にせず、申し訳なさに唇を噛んだ。
「逃してあげれば良かったわ」
誰にも聞こえないよう、掠れるような声で呟く。最後にクナウティアが放った「裏切り者」という単語を噛みしめ、セントーレアは揺れる荷馬車の中で俯いた。
騎士ガウナは馬車まで戻ると、繋いであった愛馬の綱を引く。王太子は馬車で来たため、同僚の馬を借りて行くことにした。それを手短に御者に説明し、トラブルの発生を王宮へ伝えるよう頼んだ。
御者は騎士の誰かが戻り次第、王宮へ知らせに走ると約束した。頷いて愛馬に跨るガウナが、もう1頭を連れて街を駆け抜ける。
街は人通りが多いため、大抵の貴族は速度の遅い馬車を利用する。しかし騎士は緊急時の騎乗走行が許されていた。合図の笛を鳴らして人々の間を駆ける。彼の後ろ姿を見送り、王都の人々は何かあったのかと首をかしげた。
その頃の王太子リアトリスは、荷馬車の揺れの激しさに悩まされていた。最初に飛び乗った荷馬車に聖女がいないので、休憩時間に別の馬車も覗いた。しかし聖女の特徴であるピンクブロンドの髪をもつ女性は見当たらない。
騎士ガウナが追いつくまで、この一団から離れるわけにいかず、休憩が終わった荷馬車に再び飛び乗った。無言で前を睨みつけるのは、すでに舌を2度噛んだせいだ。
荷馬車の揺れは、王家の馬車の比ではない。御者の老人が平然と話しかけるため、思わず返事をしたのが失敗だった。歯で噛んだ舌は痺れ、ズキズキと痛んだ。この痛みは子供の頃、乗馬を始めたばかりの頃に経験して以来だろう。
気にせず話しかける老人が舌を噛まないことに感心しつつ、知らなかった農家の実情を聞く。こんな場合ではないが……気ばかり焦るものの、リシマキアに到着すれば嫌でも聖女は見つかる。
希望を胸に、王太子は粗末な荷馬車の御者台で痛む尻を我慢し続けた。
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