第49話 切迫する世界

「涙か。我々”判断する者”が持たない機能だな」

 シヴァが私たち二人を見て言った。

「我々は、感情に流されず、部下が死んでも、友が死んでも泣くことが出来ない光の戦士だ。それが私達の宿命。それでも感情は持たされている。悲しくても辛くても、泣けない心を」


 私はシヴァを見上げた。この美しい人は、自信と知性、揺るぎない意志を持ちながら、強さと弱さの両方持っているのだと思った。

 そうか、私がフレイヤやシヴァに魅かれるのは、その強さや能力に憧れるからではない。強くも弱くもあり、辛くても悲しくても、痛くても心が折れそうでも、前に進もうとする気持ちを持って生きているからなんだ。


 私の視線に気が付くと、シヴァは恥ずかしそうに窓の外に視線をそらした。


「それで、ミジンコはどうするんだ? このまま、フレイヤとアイリの言うことを聞くのか?」

「え? どう言うことなのシヴァ」

「暴走した闇のモイラは、爆弾みたいなもので、いつその力を解放するか分からない。新しい神となったモイラが、この世界で爆発したら、世界に大きなダメージを与えてしまう。だから、フレイヤは決断した。おまえの住む現代にモイラ封印すると……な」


「モイラを封印するために、フレイヤは私と別れて、もう一度現代へ飛んだ……。えっ? 待って。モイラが封印されたら、私の世界、現代はどうなるの?」

 シヴァが面倒くさそうに答えた。

「モイラが現代の人々を、直ぐに殺す可能性は三十パーセント。女王として君臨する可能性八十パーセント。その後、全てに飽きて世界を消す可能性は……百パーセント」

 シヴァの言葉に私は絶望的な気持ちになった。

「そんな……。私達の世界は消えてもいいってこと?」


「時空は、世界はディレクトリ構造になっている。つまり一本の大きな木なのだ。この世界が幹ならば、お前たちの世界は枝だ。枝が折れても、また生えてくる。だが幹が傷つくのは、避けなければならない。木自身が死ねば、この時空の何億の世界が消えることになる」


 あくまでもシヴァは冷静だった。


「でも私達の世界なのよ。消えていいなんてことはない」

「ならば、戻るか? 戻っても何にも出来はしないが、ここに居れば、おまえだけは助かる」


 両親や学校や時輪、八束。色んな人の顔が頭に浮かんだ。独りでいいと思っていたのに。怒りと悲しみが同時に襲って来る。


「そうね、何も出来ない。私には特別な力はないもの。特別な力を持つあなたには分からないかもしれないわね」


 シヴァは美しく知的な瞳で私をまっすぐに見た。


「アガレスの主砲を防いだ。予想値としての成功率は二十五パーセントくらいだった。ついでに言えば、そのエネルギーの余波で、時空を開いてフレイヤとアイリを呼び戻し、この艦のセキュリティを解除して、モイラとフレイヤを現代へ弾き飛ばす。その全て成功する可能性二パーセント以下だった」


 私はシヴァの言葉に耳を疑った。


「そんな、あやふやな、少ない可能性で、全てを行ったって言うの? あなたは神なんでしょう?」

「事を成す時はできるか、できないか、所詮二択だ。成功する可能性が百パーセントであっても可能性に過ぎない。必ずできる、そう考えて、最善を尽くす。それ以外に何ができる? そうではないのか?」


 シヴァの言葉に私は目が覚めた気がした。

 そうだ神であるシヴァでさえ、少ない可能性をを信じている。

 戻ろう。私の世界へ。例えなにも出来なかったとしても。


「私もやってみる。現代に戻ってモイラを説得する。失敗しても消える人間が、一人増えるだけだものね」

 私は今の自分の気持ちをシヴァとアイリに伝えた。


 不安げに私を見ていたアイリが、シヴァに何かを言おうとした。

 シヴァは静かに首を振った。


「この娘の行く末は、自分で決めさせるべきだ。分からずとも全てを話し、自分で自分の未来を決めせる。何も知らずに命を守ってもらったとしても、それではペットと同じだ」

 アイリは頷いた。

「そうですね。悠里絵の未来は悠里絵に決めてもらいましょう。それでシヴァ、お願いが……」


 アイリの願いを最後まで聞かずに、シヴァは美しい蒼い瞳を閉じて言った。

「この艦隊は預かろう。フレイヤが無事に帰ってくるまで、この光速のシヴァがな」


 アイリは私の方を向き、手を握った。

「さあ、行きなさい悠里絵。そして必ず戻ってくる。そう約束しなさい」


 頷く私に、シヴァが小さな蒼い石を差し出した。

「この石は……」

「単なるお守りだ、ミジンコ娘。次空の扉は、もうすぐ閉じる。急げ!」 

 シヴァが右手を挙げると現代への輝く扉が開き始めた。

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