第31話 急襲

 フレイヤは椅子にもたれかかって動かない。

 瞳は閉じられ、椅子の左右に流れる長い銀色の髪が微かに揺れている。

「警告」

 ”管理する者”の声がして、フレイヤは目を開けた。

「警告。システムに原因不明の異常が発生。メモリログを出力中。システムの再起動を推奨します」


 フレイヤの眉間が動いた。

(今なら前線も落ち着いている。敵の攻勢も無い。リブートするなら今か)

 考えは一瞬のことで、すぐに指示が飛ぶ。

「分かった。システムの再起動を許可する」

 ”管理する者”が再起動の指示を確認。

「了解しました。再起動の準備に入ります。障害確認用にメモリログを出力。システムの再起動を行います」


(メンテナンス以外でシステムの再起動をすることなど、ここ数百年は無かった。もしかして、アイリとモイラの異常と何か関係があるのか? ログ解析で原因が分かるといいのだが……)


 ”管理する者”の確認から数秒、メモリログの出力が終わったのだろう。

 フッと照明が落ち、あたりは真っ暗となった。クィィィン。微かな音をたて、艦橋の窓が空いていく。


「全スクリーンロスト。船外のモニタリングを目視に切り替えます。システム再起動開始に備え、艦橋のフロントをオープンします」

 再起動プログラムが進んでいく。

「再起動開始十秒前。システム復旧は九十秒後。システムロストします」

 オペレーターの声を最後に、全ての光と音が消える。窓の外では、閃光が漆黒の宇宙を走る黒と白の二色となって、モノクロームで幻想的な景色を織りなしている。


「美しいものだな」

 フレイヤがつぶやくと、それに応える者がいた。

「そうですね。本当に美しい。あの閃光の先で、誰かが命を落としているというのに」

 闇の中で悲しそうに、美しい声が響いた。フレイヤが静かに問う。


「アイリか? それともモイラなのか?」

 しばしの沈黙の後、返事があった。

「どちらだと……いや、どちらに傍に居て欲しいですか? フレイヤ」

 船外で閃光が走ると、その整った姿が見えた。フレイヤが何か言おうとしたとき、オペレーターの声が艦橋に響いた。


「システム再起動しました。これより動作チェック及び状況確認に入ります」

 システムのチェック音が響いた。コントロールルームに再び灯りが戻ったときには、もう謎の女の姿はなかった。


(夢を見たのか?)


 フレイヤは、たった今、話をしたばかりのアイリのことを考えながら、メインスクリーンを見ていた。

「システム再起動完了。現在の状況を確認。ターミナル回復。フレイヤへの再接続を開始します」


 十二のターミナルからフレイヤに向けて情報が送信され始めた。その時、突然、オペレーターが危険を告げた。

「緊急。敵旗艦アガレス、距離二百kmに接近」

「なに!」

 フレイヤが険しい顔をした。

「報告。ヴァレットを起動します」


 オペレーターが、自動反撃システムの起動を宣言した。マスティマには危機察知と同時に、自動で起動するシステムが幾つかある。


 ヴァレットは、その中でも最も早く適用される、自動戦闘システムだった。隕石の接近など、衝突の危険を及ぼすものが突然現れた場合には、それを破壊する。

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