第19話 光の獣
(私はどのくらいの間、ここに居るのだろうか)
薄暗い地下の牢獄で、時間や日にちにの感覚は既になくなっている。それどころか、自分が生きているという自覚も無いくらいだ。生きているとしても、もう誰からも必要とされない存在なのだろう。
感覚というものを持ったのは、ここへ来てからだった。自分が得る快適さの中に、心地よいだとか、温かいだとかいうものがあることにも気が付いた。気が付くことですら、ここに来て得たものだろう。名前も感情も、何も持っていなかったかつての私のことを、今は不思議に思う。
私は、ただ目の前の敵を殺すためのフォームを持つ獣だった。
戦闘以外のことは何も与えられず、千年もの月日を戦ってきた。
感情さえ持たない私には、敵も、殺し殺されることにも、恐怖を感じることはなかった。
とても小さな震える手に触れるまで、私には戦うこと以外には本当に何も無かった。
とある星への進行作戦中に、硝煙と血の臭いが立ち込める、敵の最終防衛ラインにある小さな街で、私は退却した敵の残した、幼い少女を発見した。
「目標、戦闘力レベル2、性別女、ヒューマノイド、推定年齢十四歳」
感情を持たない私には、幼い少女と言っても、地面に転がる石と同じだった。生命反応があるかどうかの違いだけしかない。この星全体をスキャンしても少女以外の敵は見つからなかった。もうここには私が殺すべき強い敵はいない。
「光の獣より、セントラルへ報告。敵拠点制圧完了」
プログラム通りに報告メッセージを送信していると、何か手に触れるものがあった。少女の手だった。私は即座にLRガンを少女の眉間にあてた。
私の任務は、この地域の制圧だ。全ての生き物を殺すようにプログラムされていた。生命反応は一つのこらず反応を消さねばならない。私は躊躇せずに、トリガーにかけた指に力を入れようとした。それと全く同じタイミングで少女が口を開いた。
「ねえ、あなたのお名前はなんていうの?」
恐怖や疑いのない瞳がまっすぐに私を見ている。
「名前? 名前は無い。集合体で光の獣と呼ばれている。管理番号NO-980051だ」
「そう。難しいお名前ね。私はモイラ。時の神らしいわ。時を操るなんてできるのか分からないけどね」
名前。IPアドレス以外に、有機的な呼び名などはなかった。少女は、真剣に悩んでいるようだった。
「私があなたに名前をつけてあげる。そうだなあ、フレイヤはどう? 神話の神の名前だよ」
少女の行動は私の理解できる範囲を超えていた。何をしようとしているのか分からない。だが名前をつけられるというのは快適だった。
「フレイヤ……。私の名前……」
私がつぶやくと、少女はにっこりと微笑んだ。私はLRガンのトリガーを再度意識した。私の任務は、この地域の制圧、全ての生き物を殺すことだ。
「どうしたの?」
純粋な瞳が私を見た。私はLRガンを発射した。それから、光速通信をオープンにする。
「セントラルへ報告。任務完了。これから帰還する」
最後の一つの生命反応を消すことができず、持ち帰った私に、セントラルは幽閉処置命令を下した。セントラルの判断では、エーテル社会にとって、他種族から受ける影響は必要無く、他種族は、むしろ邪魔な存在とされた。そして影響を及ぼす可能性がある他の生物を消滅させるべく、”白き艦隊”を作ったのだ。白き艦隊は光の神以外の、全ての生物の抹殺を実行する。
ここを出よう。最高の戦闘システム”光の獣”を。
たぶん私は、光の獣に追われることになるだろう。そしていつか死ぬ。そう結論付けた私は笑っているようだった。
笑う。
本来、私には備わっていない機能だったが、プログラムのバグなのだろうか、いつの間にか出てくるようになった。
「後は”泣く”をしてみたいな」
その夜、私は光の獣を抜けだした。外に出た私を、光の獣、十万の部隊が待っていた。
「何故命令に従わない」
光の獣が私に迫ってくる。私は通常モードから、戦闘モードに切り替えた。戦闘モードに移行する時、光の獣は、全員がシンクロし、知識を供用、並列化する。瞬時に十万の光の獣に、異常を告げるアラートが響いた。
私の意識、心が、光の獣全体へ浸透していく。私以外の光の獣が、システムダウンを起こして、その場に倒れていった。私の中に生まれた、プログラムには無い、感情と、それに付随する行動は、ノーマルフォームの光の獣たちのプログラムに受け入れられることは無く、障害と認識されたようだった。
「ここで死ぬことはなくなったのか」
停止する光の獣。
死に対する恐怖など抱いてはいなかったけれど、戦闘が中断され、私の心に何かまた新しい感覚が芽生えたようだった。生温かいものが頬を伝っていく。手のひらで頬を拭いながら、私は遠くの空を見上げた。
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