第14話 必要ない感情

「苦しむ? ”管理する者”は、マインドコントロールが設定されているはずだが」

 アイリが静かに頷いた。

「はい。私達は通常、悩むことはありません。艦隊を運用、管理する事に感情は必要ありませんから」

 少し時間をおいて、アイリは続けた。

「この長い旅の中で、”判断する者”であるあなたは、私とモイラにエイリアスをつけました」


 ”力を生む者”と”管理する者”には、個体識別のシリアルナンバーは付いているが、エイリアス、名前は設定されない。


 ”管理する者”としてのフォームに設定された、思考パラメーターに想定していないことを、アイリが話し始めていた。そのことにも驚いて、フレイヤはアイリを注意深く見つめる。


「あなたの、私とモイラに対する感情を持った接し方。それは重い責任からなのか、孤独からなのか、何を理由とするものなのかは分かりません。もしかした単なる長い時間の中でのあなたの遊びだったのかもしれない」

 フレイヤは黙って聞いている。


「私達にエイリアス、人間の名前をつけて、あなたは感情を持って接してくれました。”判断する者”であるあなたは、名前を持ち、夢を見て、人の勘や感情を持っています。戦闘で勝つために、その場の流れを読むために、計算では割り出せない条件さえ判断材料にするために……」

 そこで黙っていたフレイヤが口を開いた。

「そうだ。しかし、それも私が判断を下すためのパラメーターの一つであって、感情に左右されている訳ではない」

 アイリはフレイヤを見つめた。赤い瞳が揺れている。


 ”管理する者”は、この旗艦マスティマでは、二千五百六十名いるが全員、同じ服装で、同じ容姿をしている。モデルの新旧により多少の差はあるものの、個性を与える必要はないと判断されているためである。 


 ただし、クラスタパートナーとその候補である、アイリとモイラの目だけは他の”管理する者”とは違い、「緋の色」をしていた。明確に切り替え対象者を見分けられるようにである。そうフレイヤが決めた。

 また全員、個体識別番号は持っているが、エイリアスを持っているのは、アイリとモイラだけである。それを決めて実行したのも、”判断する者”フレイヤであった。


「より正確な判断を行うために、他の者に話すという行為が必要だった。それは、私とある意味同格の者でないと意味が無い。普通の“管理する者”が相手では、相談ではなく命令になってしまう。それに、データの共有だけでは、すぐに私の代わりは務まらないと判断した。できるだけ私と一緒に過ごし、経験や戦い方を学ぶ。そして、データを共有する相手を分かり易くする為に、便宜上お前達にエイリアスをつけたにすぎない」


 効率的に判断した結果の行為だと主張するフレイヤを見ながら、アイリはつぶやくように言った。

「はい、分かっています」


 フレイヤは後ろを向き、スクリーンに映る、果てしない銀河を眺めた。

「それ以外に何がある? お前達に感情など、有る筈も無い。必要も無いものだ!」

 強い口調でアイリへの疑問を投げかけ、フレイヤは思った。


(なぜ私はこんなに、苛立っているのか……)


「そうですね」

 アイリはフレイヤの後ろ姿を見ながら、目を伏せた。

「私達には、感情など、必要の無いものかもしれません。でも、そんな風に怒ったり笑ったりして私たちを名前で呼んでくれる。そんなあなたが……」

 フレイヤは振り返って、アイリに感情をぶつけた。

「何だ! だから、何なのだ!」

 アイリは微笑みながら、はっきりと言った。

「私達は、あなたのことが好きなのです」


 フレイヤは驚きに目を見開き、アイリの肩をつかんで揺するようにすると、激しく否定した。

「ありえない。感情など、持ってはいけないのだ。お前達は戦うための大事なパーツなんだ!」


 アイリは目を伏せたまま、フレイヤにされるままに身体を揺らしていた。

「はい、分かっています。分かっている筈なのですが……」

 アイリの言葉には人間らしい曖昧さが表れていた。光の戦士が遙か昔に捨て去ったもの。決して、持ってはいけない。


 人を好きになる気持ち。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る