第6話 残酷な布告

十数人の衛兵がリィードを捕えようとにじり寄ってくる。リィードはこれまで多勢無勢の戦局を何度か経験したことはあったが、一対十数……それも人間相手の戦闘は初めてだった。更に自分は丸腰ときている。――一時退却。すぐにその考えが脳裏に浮かんだ。


(クソッ!まだ理解は追いつかないけど、このままじゃマズイ!何とかこの場から離れなければ――付加術式エンチャント神速果断ラピド』)


リィードが心の中で呪文を唱えると、それはほんの一瞬だけ彼の体を青白い光で包み込んだ……が徐々に勢いを失い程なくして部屋の隅へと拡散していった。


「……ッ!?魔法が――掻き消された!?」


リィードは狼狽した。いつの間に術封じを施されたのか?……いや自身に術が掛けられた形跡などはなかった。――だと最初からこの部屋自体に……


「――無駄だ。この部屋には予め封魔術式シィールが展開されている。お前が逃亡を図ろうとすることも想定済みだ」


リィードの心を読んでいるかのようにケイネスは無表情のまま語る。その音色から「諦めろ」と暗に言われているように感じた。


リィードは歯を食いしばった。このあまりの仕打ちに心の底から怒りが沸き上がっていた。何故おれは死ななければならないんだ?漠然とした疑問が心の澱に沈んでいく。気づけばこれまで生きてきて抱いたことのないような怒りが喉元を突き破るかのように噴出した。


「王様、答えて下さい!何故おれは死ななければならないのですか!先ほどあなたは『この国の為』と言った!それとおれの命に何の関係があるんですか!!」


リィードの糾弾にも近い質問を受け、ケイネスはゆっくりとリィードの額を指さした。


「――聖痕ステアだ。お前の額にあるそれこそが全ての始まりだった」


リィードは思わず髪を掻き上げた。確かに自分の額には生まれた時から存在する何かで切り裂いたかのような痣がある。だがこれが一体なんだというんだ。リィードが額を押さえながら視線を彷徨わせているとケイネスは続けてこう言った。


「そう、その傷痕こそが楔――勇者と魔王の命が繋がっている証拠なのだ。ゆえにお前は死ななくてはならない。お前自身の命で魔王を滅ぼす為に」


「おれと魔王の命が繋がっている……!? そんなバカなことが――!」


「――あるわけがない……か?ああ。無理に信じる必要はない。いずれにせよ、お前は二度と朝陽を拝むことはないだろう」


 ケイネスは冷酷無常にそう言い放つと、周りを取り囲む衛兵に合図を送り、膝を落とし放心状態のリィードを拘束するよう命令した。


「クソ!離せよ。こんな――こんなことがあってたまるかァ――!」


衛兵たちによる殴打と麻痺毒の術式の応酬により、最早為すすべなしのリィードは必死の抵抗も空しく意識を消失した。


「――悲しいな。娘の愛する男を『逆賊』として討たなければならないとは」


腕に鎖を付けられ衛兵に運ばれていくリィードを見送ると、ケイネスは一人眼を瞑りボソリと呟いた。その言葉は誰に聞こえるでもなく、虚空へと掻き消されていった。



***



「全く何やってるんだリィードの奴は。早く来ないと祝賀会終わっちまうぞ」


 選定式の後、燕尾服に身を包んだラルスは貴族達が催す祝賀会に招かれていた。


 会場内を見渡すとざっと百人以上のゲストが出席しており、中にはラルスが見知った顔も何人かいた。


 (そういや、オレ達と一緒に式典に出ていた他の勇者候補の姿が見えないな。ま、こんだけ人数がいるんだ。気付いていないだけだろ)


 そんなことを考えながらテーブルに置いてあるローストチキンを手に取るとそのまま勢いよく噛り付く。噛んだ後から香ばしい匂いを沸き立たせながら食欲をそそる熱い肉汁が飛び出してくる。式典の緊張が解れたこともあってか、ラルスの胃袋は嬉しい悲鳴を上げていた。


「美味いなこれ。お、これも中々イケるじゃないか。おお!いい酒もある。こりゃ天国だぜ!」


「ほほぅ。いい食べっぷりですなぁ、流石は勇者どの」


「おわっ!?誰だアンタ、いきなり驚かすなよ!」


 ラルスがテーブル内を渡り歩き、幾つもの料理を平らげ余韻に浸っていると、背後から突然投げられた声が投げかけられた。振り返ると、そこには口元に立派な茶髭を蓄えた執事風の男が目を細めながら立っていた。細身で長身であることを除けば何処にでもいるような普通の男の様にも映ったが、その男が纏う風格は、祝賀会に参加している他の貴族たちとは違い、一線を凌駕していた。


 普段のラルスであったならば、この男が祝賀会の参加者ではない――招かれざる客であろうことなど等に見抜いていたことだろう。だが、すでに酒に思考回路を破壊されていたラルスがそれを感知することはなかった。


「勇者どの。どうです?食事の後の珈琲などは。きっと格別ですぞ」


「お、気が利くねぇ。それじゃ一杯頂こうかな」


ラルスは機嫌が良い調子でにこやかにカップを受け取ると、そのまま中身を飲み干した。その瞬間、強烈な痺れと共に鈍痛が体中を駆け巡った。


「――グァッ!?な……に入れやがった、テメェ……!」


「おほほっ。で意識を失わないとは。流石は彼の勇者リドラスタに並ぶ実力者と言われただけはありますねぇ。まぁ特に恨みはありませんが、アナタに我々の邪魔をされてはかないませんですからねぇ。ことが全て終わるまでアナタには大人しくしていて頂きますよぉ」


「なん……だと!?てめぇは一体――!?」


ラルスが言葉を言い終える前に、茶髭の執事風の男は口元に手を当てながら上品に笑うと、その手に持ったステッキをラルスの脳天目掛けて振り下ろした。

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