第4話 選定式
「で、結局どうだったんだ?」
「……何がだよ」
「とぼけんなって。姫様だよ。ま、お前のその様子だと愛想を付かされたわけではなさそうだが」
レティシアの元から戻ったリィードにからかい口調を隠す様子も見せずラルスが彼の肩に組み付く。リィードは少しうんざりしながらもこれがラルスなりの愛情表現なんだと気づくと不思議と悪い気はしなかった。だからだろう、今度は素直に礼を言うことができた。
「ありがとなラルス。きっとお前の助けがなければおれはまた、大事なことを置き去りにしてしまうところだった」
突然浴びせられた感謝の言葉にラルスはしばらく目を見開き驚きを隠せないでいたが、やがてふっと笑みを漏らすと
「らしくねぇぞ、バカ野郎」
と軽くリィードの肩を小突いた。
「さてと、そろそろいい時間だ。うちのバカ親父がやってくる前にとっとと控室に戻るか」
ラルスは凝りを解すかのようにブンブンと肩を回すと、速足で来賓室へと向かって行く。慌ててリィードもラルスの背中を追う。
この時ラルスが寂しそうな笑みを浮かべていたのを後ろを歩くリィードはついに知るよしもなかった。
***
しばらくして、リィードとラルスは謁見の間にて勇者選定式に参加していた。
周りを見渡すと過酷な任務を達成した勇者候補が二人の他にもごく僅か――正確には片手で数える程――ではあるが参加していた。しかし、そのどれもが王から見て目立たないところに席を配されており、玉座の前で大臣の労いの演説を聞くリィードとラルスがいかに優遇されているのかは誰の目から見ても一目瞭然だった。
「――では王よ。選定の聖剣を勇者へ」
大臣の言葉にレーリアス聖王・ケイネスは、それに答えるかのようにうむと一言発すると神々しく輝く長剣を受け取った。そしてそのまま鞘を抜くと、青白く光る片刃の刀身が露わになった。鍔の上部には鈍く輝く琥珀色の宝玉が埋め込まれており、この剣が正に聖剣であるということを証明していた。
「――その昔、この地に永きに渡る平穏を齎した初代勇者ヨルシカは、この聖剣ラーディアスを手に、魔王そしてそれに並ぶ数多の凶悪な
そこで一度言葉を切ると、ケイネスは正面――リィードとラルスに向き直り言葉を紡いだ。
「勇者リドラスタ、同じく勇者ラルス。其方ら二人は先の戦役で魔人族ヴァームの将軍を討つという偉大なる武功を挙げた。正しく勇者よ。幾つかの堪えがたい犠牲はあったが、よくぞやり遂げた。この国の王として余は心から誇りに思うぞ」
『耐え難い犠牲』。王様が話したその言葉にリィードとラルスは俯くと人知れず唇を噛んだ。犠牲だと?そんな言葉で表すにはあまりにも重すぎた。二人に取っては半身を削がれたようなもので、誰にもぶつけられない静かな怒りが胸中を這いずり回った。そんな二人の心中とは裏腹になおもケイネス王は何かを見定める様に語りを止めない。
「今日この日。我が国土を脅かす憎き魔王を討ち払う、真の勇者が誕生する。――さぁ聖剣よ。今ここでその身に相応しき者を選定するのだ!」
ケイネス王が宣言するや否や、剣は眩く光り辺りを閃光で満たした。あまりの眩しさに誰もが目を閉じ、次にそれが開かれた時にはもう儀式は終わりを告げていた。
――聖剣は正面に映るリィードを指し示し彼の体に向かって柄頭が動くと、徐々に光は薄くなっていき、彼の両腕に収まる頃には、元の状態に戻っていた。
「――聖剣はリドラスタを選んだ。ここに新たに真の勇者が誕生したことを宣言する!勇者リドラスタに多大なる栄誉と母なる女神の加護があらんことをここに祈る。皆の者、願わくばこの救国の英雄に盛大な拍手と賛美を送られたし」
王の一声にリィードを讃える拍手が鳴り響いた。隣に立っているラルスもリィードの方に向き直り、やったなと云わんばかりに拳を合わせてきた。ようやく始まるんだなこれから。リィードは拳を握りしめて額に当てると何かを覚悟したように一度頷いた。そして周りを見渡した後高らかに宣言した。
「皆聞いてくれ。おれはこの国が好きだ。町も人も文化も、その全てが。だからさ。おれが守るよ。皆が築いてきた全てを。おれは必ず魔王を倒す。だけどそれは凄く難しいことだと思うんだ。きっとおれは何回も立ち止まることになるんだと思う。だけど、皆がほんの少しでもおれの背中を押してくれれば、おれはいつだって立ち上がれるんだ。つまり、えーと何を言いたいかっていうと――」
肝心なとこでリィードが口ごもっていると、それを見かねたラルスが苦笑いしながら助け船を出す。
「あーつまり、この勇者サマは、皆で力を合わせれば魔王にだって勝てる。そう言いたかったみたいだぜ。――ほらよ、これでいいか?」
「お、おう。そうだな。なんかごめん。」
そんな二人のやり取りに噴き出す者もいる始末だ。見れば、遠くの方でいつからいたのかレティシアも笑いを堪えている。中々どうして締まらないな。リィードとラルスは顔を見合わせると、場の雰囲気に押し当てられたかのように腹を抱えて笑うのだった。
そうして、選定式は終始和やかな雰囲気のまま終わりを告げていった。
――その裏で凄惨な計画が動き始めているとは知らずに
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