第3話 庭園の誓い
セントダルク城の中央階層にある空中庭園にて、色とりどりの花々に囲まれながら一人の少女が小鳥達と戯れていた。
腰まで伸びた流れるような金色の髪はシルクのように煌めき、扁桃の様にくっきりとした形をした翠色の双眸はまるで翠輝石エメラダイトの様に映えた。体つきも同じ年頃の少女と比べると明らかに発育しており、街を歩けば男女問わず見とれてしまうことだろう。
「はぁ、早く会えないかな。……会いたいなぁリィード様に」
ほんのり頬を染めて想い人に思いを馳せるその姿はまるで絵画に描かれた恋する乙女の様であった。
***
空中庭園は中層の半分を占めているだけあって、中はかなり奥行きがある造りになっていた。入口から中央の小広場に向けて大小様々な木々が生え茂っており、宛ら山麓の様になっている。木々が複雑に絡み合っている箇所もあってか、初めてこの光景を見る者がいるとしたら、城内にいきなり迷いの森が出現したかの様な錯覚を覚えることだろう。
「んじゃ、オレはここで待っている。用が済んだら伝達魔法で合図を出してくれ」
そう言うとラルスは入口から少し離れたところにあった切り株に腰を掛けて早く行けといわんばかりに手を払った。
「――愛想付かされても泣くんじゃねぇぞ、未来の勇者サマ」
「余計なお世話だっての」
促されるままリィードは背を向けて木々中へと歩を進めると後ろからからかうような野次が飛んできたが一々気にしていたらきりがない。
いつ見ても、すごい場所だなと独り言を呟きながら道なき道を進んで行くと、ようやく開けた場所へとたどり着いた。ほの暗い場所からいきなり明るい場所に出たので、眩しさで目がくらむ。
「――まさか、本当に逢えるなんて……!まるで夢でも見てるみたいだわ」
驚嘆と歓喜が入り混じった様な声色の主に反応するかのようにリィードがゆっくり目を開けると彼の眼前にはまるで御伽噺の中から飛び出してきたかの様な美しい乙女がその綺麗な金髪を揺らしながらとてとてと駆けよってくる。
この聖女の様な少女こそ、レーリアス聖国第一王女レティシア・フランシャム・ロ=レーリアスその人だった。
「お久しゅうございます。レティシア王女殿下」
リィードはすかさず地面に片膝を着くと、貴族の作法に乗っ取ってレティシアの顔を仰いだ。そんなリィードを見てレティシアは一瞬あっけからんとした表情を浮かべるも、すぐに眉を潜めた。
「あの、姫様?おれなんか不作法でしたか?」
明らかに不機嫌なレティシアを見てリィードは慌てる。そんなリィードを一瞥するとレティシアは短い溜息を吐くとそんなことも分からないのと言った口振りでボソッと呟いた。
「――レティ」
「はい?」
「二人きりの時は『レティ』と呼んでください!この間お会いした時そう約束したではありませんか!もう忘れちゃったのですか?それと畏まった言葉も禁止です!」
早口で捲し立てるようにそれだけ言うと、レティシアはむぅと頬を膨らませて腰に手を置いた後、リィードの胸元に一指し指を突き立てる。いきなりの行動にリィードがどぎまぎしていると、そんな彼の様子にレティシアはくすりと笑みを零し、
「会いたかったです、リィード様」
と満面の笑顔ではにかんだ。
(ああ、おれはこの顔を見るために今日まで頑張ってきたんだな)
リィードは赤面した顔を見られないよう明後日の方向を見つめながら、一人心の中で呟くのだった。
***
「それにしても、リィード様は何故私がこの場所にいるって分かったのですか?」
「ああそれは、ラルス――おれの友達の勇者候補が教えてくれたんだよ。なんでも王宮なかのことには詳しいんだと。……でも驚いたよ本当にキミが――レティがこの場所にいるなんて思わなかったから」
「それはこちらの台詞です。いきなり現れるものですからびっくりしちゃいましたよ。もう、どう責任取ってくれるんですか?」
からかうような音色とジト目で見つめてくるレティシアにリィードは一瞬たじろぐも、すぐに平静さを取り戻すとコホンと咳払いを挟み、彼女に向き直る。
「それを言ったら、おれだって同じだよ。森を抜けたと思ったら目の前にいきなりキミが現れて。危うく心を奪われて死ぬところだったよ。ああなんてことだ」
大袈裟に体を揺らしながら芝居がかった口調でそう言うと、レティシアは数秒間を置いた後、くすっと噴き出し破顔した。
「うふふ。ではお互い様ということで。あ、そういえばまだ聞いていませんでした。リィード様は何故城にいらしたのですか?」
一瞬違和感を覚えるも、リィードは緩み切った感情を払拭するように頬を一度叩くと、凛とした顔つきで彼女の顔を見た。
「今日、この後謁見の間で真の勇者を決める選定式があるんだ。そこで、おれはきっと真の勇者――この国の英雄として選ばれる。ようやくおれの夢が一つ叶うんだ。何年かかるか分からない、けどいつかこの国の皆が笑って暮らせるようにおれは必ず『魔王』を倒すよ。だからさ――その時は」
この後の言葉を発してしまったら、きっとこれまでの様な関係には戻れない。そう確信していたからこそ、リィードは速まった鼓動を整えるためにすぅと一度深呼吸すると覚悟を決めてその先を続けた。
「おれと添い遂げて欲しい。――誰よりも君が好きだレティ」
真剣な眼差しを向けるリィードにレティシアは一瞬言葉を失うも、それが嘘偽りない彼の本心だと察するまで時間はかからなかった。気が付くと彼女は瞳から宝石のような涙を流し
「私も――私も大好きですリィード。誰よりもあなたのことが……!」
一つの誓いを立てた青年へと思いの丈を載せたその体を重ねていた。
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