第2話 選定の日
「いつ来てもここは賑やかだよなぁ」
「……いい加減見慣れろよ。何年ここに住んでんだお前」
ゴードンの酒場で前哨祝いを挙げてから翌日。リィードとラルスは聖国レーリアスの王都エルヴンガントを訪れていた。今日は待ちに待った勇者選定式。主賓として招かれている二人に緊張した面持ちはなく、会話に軽い冗談も飛び交う始末だ。
「なぁ、リィード。そういえばお前、レティシア姫とはどうなんだ?」
「!?……ゴホゴホッ、いきなりなんだよ!? 別にお前が期待していることなんかないよ……今のところはな」
ラルスからのいきなりすぎた質問に思わずリィードは咳き込んだ。
「おいおいなんだよ。随分水を濁すじゃないか。オレが言うのもなんだけどな、どっかの貴族の坊ちゃんに取られちまう前に動いた方がいいと思うぜ?」
「分かってるさそれくらい。おれだって男だ。腹は括ったよ。今日式典の後で姫を白の庭園に誘う。後は……分かんだろ」
「ハッハッハ。ようやくか。いやぁ長かったねぇ。まぁ自信持っていいと思うぜ、なんたってお前は今日天下の『勇者様』になるんだからな」
顔を赤面させるリィ―ドと変わらず大笑いを続けるラルス。そんな調子でしばらく歩くと眼前に聖光石メルクォーツでできた荘厳な城門が映える白銀の巨城――セントダルク城が姿を現した。
「リィ―ド、それにラルス。よく来たな。待ちかねたぞ」
「ギリウス近衛団長!お久しぶりです」
「よぉ親父。久方ぶりだな」
城門を超えると二人が来るのを待ちかねていたかのように一人の屈強な大男が仁王立ちしていた。彼の名はギリウス・アルフォード近衛騎士団長。ラルスの実父でもある。
「にしても、お前たち。めでてぇ日だというのになんだその恰好は。もっとこうなかったのか?ちゃんとしたやつ」
肩を竦めて呆れ果てる父に流石のラルスも腹が立ったのか即座に言い返す。
「あのなぁ親父。オレ達前線で戦うもんにとっちゃこれが正装なんだよ。分かるか?親父みてぇに王宮でぬくぬくしている奴らとは訳が違うんだ」
「なんだと!?このドラ息子が、そこまで言うなら己が体で試すか?おっ?
こちとらまだ現役だぞ!」
「いいねぇ。望むところだ。今日こそ引導を渡してやるよ!」
「待て待て待て!いきなり何始めようとしようとしてんだよ、あんた達は!」
二人が危ない目つきをしながら得物に手をかけようとした時、リィ―ドは咄嗟に二人の間に飛び込んだ。このギリウス・ラルス親子の仲の悪さは折り紙付きで、顔を合わせる度に繰り返される両者のこのやり取りは毎度恒例の行事イベントのようなものであった。もうレーリアスの風物詩の一つとして数えてもいいんじゃないだろうかと、額から大量の冷や汗を垂らしながらリィードは一人心の中でぼやくのだった。
ギリウスを先頭に一向が王宮内に入ると、リィードとラルスは来賓室へと案内された。
「さてと、選定式にはまだ大分時間がある。とりあえずお前たちはこの部屋で大人しくしておけ。……くれぐれも勝手な行動は控えろよ」
「いや、流石にそんなことしないですよ。餓鬼じゃないんだから」
「そういうことだ。親父、もう行っていいぞ」
ギリウスは、軽口を叩く二人に対し、一瞬不審感を露わに一瞥するも踵を返してそのまま部屋を出て行った。
「――やっと出て行ったか。さてと親友。後は――分かってるな?」
「ラルス……お前まさか……!」
「そのまさかだ。式典の後なんて遅ぇ。今から会いに行くぞ、お前の愛しのお姫様によ」
リィードが身を引く間もなくラルスは強引に彼の手を引っ張ると、目も留まらぬような速さで部屋の外へと飛び出した。
***
セントダルク城内を駆けまわる二つの靴音。その靴音が目指す場所は王宮中層部にある空中庭園。衛兵に見られぬよう物陰に隠れながらリィードとラルスは声を潜めて話す。
「……なぁ、本当にあそこに彼女はいるのか?」
「……ああ間違いねぇ。こう見えてもオレは王宮についちゃ詳しいんだ」
オレの親父が誰か忘れたのか?とラルスは一言付け足すとリィードを一瞥する。
「――ところで、今何時だ?流石に選定式が始まる少し前までには戻らねぇと不味いからな」
「焦るなよ。今確認するから」
ラルスに促されたリィードは羽織った青シャツの下に掛けられた年期物の懐中時計を確認する。この懐中時計は昨日、前祝いでゴードンに貰ったもので、黒い錨に絡み付く碧い海竜のレリーフが彫られている珍しい代物だ。
「時間は……大丈夫そうだ。けどいいのか?これが公になったら結構洒落にならないと思うんだけど」
「今更何言ってんだ?往生際が悪いぞリィード。それにバレなきゃ何も問題ねぇよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら肩を竦めるラルスを見て、リィードは思わず苦笑する。本当にこいつは昔から変わらないな。面白そうなことが転がっていると好奇心丸出しで率先して突き進む。おれとメリィーはいつも巻き込まれて――
リィードの苦笑が止まらないのを見てラルスは一瞬訝し気な視線を向けるも、何かを誤魔化すように後ろ髪をガリガリと掻いた。
「さて、衛兵も去ったところだしそろそろ行くぞ。姫様に逢ったら言う台詞、もう考えたか?」
「はっ?おい待て――!」
言い切るや否や電光石火の如く空中庭園の間へと駆け出していくラルスをワンテンポ遅れてリィードは追いかける。久しぶりに逢う愛しき人に思いを寄せて。さて、逢ったらまず何から話そうか。
ラルスに振り回されているはずが、いつの間にか自身も高揚しているのをリィードは感じていた。
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