File1 倉見なつみ 夕食編
5時0分。
そろそろ晩ご飯の支度を始めようと保冷バックから冷凍ブロッコリーと道の駅で買ったウィンナーを取り出した。ウィンナーはスキレットでじっくり焼いて食べてやる。
調理用の折り畳みナイフでウィンナーの封を切ってスキレットの上に置いておく。
「先にブロッコリーを少し茹でた方が美味しいかも」
ふふふ、我ながら素敵な閃きだ。メスティンに水を入れてシングルバーナーに乗せる。
沸騰を待っている間に食材の準備を進めようと、保冷バックからカルビ肉、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンを取り出す。カレーの定番食材ではあるが、スキレットで焼くとそれだけでご馳走になるのだ。そう一人バーベキューだ。
炭火で焼いたらもっと美味しいのだろうけど、可愛い相棒に火の粉で穴を開けたく無いのと髪が煙臭くなるのでついつい焚火は敬遠してしまう。そのうち折り畳める小さな焚火台を手に入れて挑戦しようとは常に考えているのだけれどね。
沸騰したメスティンに冷凍ブロッコリーを三つ程投入して解凍する。
「これをウィンナーの肉汁に絡めて食べたら美味しいだろうなぁ」とよだれをすする。
シングルバーナーの上は選手交代、本日の主役であるスキレットが颯爽と現れる。
「スキレット選手の本日の対戦相手は道の駅のウィンナー選手、野菜達、そして大本命カルビ選手です」
一人で盛り上がっているが、近くに他のキャンパーがいなくて本当に良かったと冷静な一面も持ち合わせているので安心して欲しい。
ブロッコリーとウィンナーを平らげている間に
適当な大きさに切ったジャガイモとニンジンをメスティンで下茹でする。その片手間にハリケーンランタンにパラフィンオイルを入れて灯りを灯す。
LEDのランタンに比べると明るさは劣るが、優しい光がじんわりとサイトを照らしてくれるので私は気に入っている。
保冷バックにいれたシェラカップを取り出して焼肉のタレを注ぐ。この焼肉のタレがまた美味しいのだ。青森の友人が定期的に送ってくれるのだが、青森産の林檎やニンニクをすり下ろして作っているとの事で醤油ダレに絶妙な林檎の甘みが加わり、更に食欲を刺激するニンニクの香りが加勢している。最強のタレだと私は信じて止まないでいる。
スキレットの表面を軽く拭いてカルビを受け入れる準備を整える。メスティンをシングルバーナーから下げ、ジャガイモとニンジンをメスティンの蓋へ避難させ、再びスキレットを火にかける。
先ほどまでウィンナーを焼いていたので加熱は短くて済んだ。カルビをスキレットにそっと置くと心地よい音を立てながら勢いよく脂を飛ばすので、ついつい間抜けな声を上げてしまった。
「あぁっ、新しいローテーブルが」
慌ててミトンで天板を吹いたがこんなことをいつまでできるのだろうかとふと冷静になり手を止める。
良い具合に仕上がったカルビ肉へフォークを突き立ててシェラカップのタレにダイブさせ、そのまま口へと運ぶ。
一口二口噛むだけで肉汁が口の中一杯に広がり、幸せな気分になれる。こんなもの、最早ドラッグである。続けてカルビ肉を二枚、三枚とキメる。
「ふはぁぁ、たまらん」
ここでジャガイモを挟む。
下茹でをしたので既にホクホクに仕上がっており、タレがよく絡んでより食欲をそそる。
続いてニンジンを口へと運ぶ。ニンジン特有の臭みは消えていて甘味が増している。レモンサワーで口内をリセットし、続け様に玉ねぎを頬張る。甘味と歯応えがなんとも言えず私は悶える。
「あぁぁ、最高!」
気が付けば二本目のレモンサワーは空になっていたのでクーラーボックスからハイボールの缶を取り出した。
だいぶお腹が満たされてきたので残っているジャガイモ、ニンジン、玉ねぎをスキレットから取り出してまな板の上へと連れてくる。折り畳みナイフで小さく切り分け、メスティンの蓋の上へ。そしてこっそり残しておいた最後のウィンナーも小さく切り刻んでメスティンの蓋の上へ。
保冷バックから卵を取り出してもう一つのシェラカップへパカっと割り入れる。箸で卵を混ぜ、刻んだジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ウィンナーを落とし軽く混ぜ合わせる。味付けにコンソメ顆粒とブラックペッパーを入れてもう一混ぜしたら熱したスキレットへ流し入れる。シングルバーナーの火力は弱火。じっくりと火を通せばスパニッシュオムレツの完成だ。
スパニッシュオムレツを迎え入れる為に私はハイボールを飲み干し、グレープフルーツサワーへと手を伸ばした。
フォークでスパニッシュオムレツを適当な大きさに切り分け、一切れを口へと運ぶ。
「ハフッハフッ、熱っ!ふかふかに仕上がってるけど熱すぎっ」
熱すぎて味がわからん。スキレットからホーロー皿へ移し、少し冷めるのを待つその間にグレープフルーツサワーをのんびりと飲み進める。
「夜は長いんだ、焦らずのんびりやろう」
食欲に支配されていた私は少し冷静さを取り戻し、視線を空へと向けた。西の空から射していた夕陽はいつの間にか消えていて、木々の隙間から見える濃紺の空にはせっかちな星達が輝いていた。
「食い気に支配されていたから気が付かなかったけど、やっぱり山は空が綺麗だな。夕飯終わったら星空が見える場所に椅子置いてのんびり飲もう」
キャンプ場で見る星空は都会とは全くの別物で、どんなテレビや映画よりも感動する。私は一人静かに酔いと宵を楽しむ為にキャンプに来ていると言っても過言ではない。
風が木々を優しく揺らす音、虫のさえずり、渓流を流れる水の音、昼間は息を潜めていた夜行性の鳥がどこかで縄張りを主張している声も聞こえる。
自然の中に身を置いていると段々と時間の感覚が鈍くなるようで、ポケットからスマートフォンを取り出すと画面に21:10と表示されていた。
「嘘ぉ、シャワーの時間終わってるじゃん」
こうなったら明日は少し寄り道して温泉に寄ってから帰ることにしようと誓い、私はテントへ戻ったのだった。
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