File1 倉見なつみ 設営編

 午前11時18分。

 私は予定よりも早くキャンプ場近くの道の駅へとたどり着くことができた。運転に自信が無いのと、久しぶりの一人キャンプが楽しみすぎて家を出た時間が早過ぎたことは内緒だ。

 キャンプ場のチェックインまであと二時間程あるので先月に買ったばかりの愛車を駐車場に停めて、道の駅で少し早い昼食を取ることにした。

「不慣れな山道お疲れさま。少し休んでくれたまえ」と、ボンネットを軽く叩いて愛車から離れた。


 天気の良い週末ということもあり、道の駅は予想以上に混み合っていた。子供連れや犬連れの家族、大型バイク愛好家の集い、ロードバイクを停めて休憩している学生グループ、カップル。とても賑やかでよくもまあこんな山奥にある道の駅まで来たものだと、自分のことを棚に上げてどこか浮かれている表情の彼らを横目に見ながら食事処へと入っていった。


 近隣の山で採れた山菜がたっぷりと乗った山菜蕎麦を平らげ、のんびり時間を潰そうと思っていたのだが、次から次へとお客が入って来る。食べ終えているのにいつまでも食事処で座っている事が悪いことの様に思えてきたので私は特産品コーナーへと仕方なく歩き出したのだった。

「クレソンそば、クレソンクッキー、クレソンジュース。へぇ、この辺りはクレソンが有名なんだ。他には……おっ、美味しそうなウィンナー発見」

 今宵のお酒のお供に一つ買っていこうと、手を伸ばしたがその値段を見て躊躇ってしまった。

「五本入って500円!」

 車を購入したばかりなので財布の紐が硬くなっているのだ。

 しばらくは節約生活するって決めたばかりだけれど、スキレットでじっくり焼いたら美味しいだろうなぁ。スーパーに寄って良い肉買ってきたのだから、ウィンナーは我慢すべきかな。でも現地の美味しい物を食べるのはキャンプの醍醐味の一つよね。

 脳内会議の答えが出ました。

「節約は普段、キャンプに来た時はケチケチしない!」

 自分に言い聞かせるようにそう呟くとウィンナーを手にレジへと向かった。


 13時4分。

 県道を曲がって侵入したキャンプ場への道が余りに狭かったので、新車を擦らないかヒヤヒヤしながらゆっくり進んだお陰で私も車も無事に到着する事ができた。今日は運が良い。

 管理棟の前で車から降りるめると、ウッドデッキでロッキンチェアーに揺られていたおじさんがむくりと立ち上がり私に声をかけてきた。

「こんにちは」

「こんにちは、予約してしていた倉見です」

「今日はお客さん含めて三組しかいないからのんびりできるよ、はっはっは。あっ、受付はこの紙に名前と住所と連絡先書いてね」

「わかりました」

 おじさん、いや管理人さんはニコニコと笑顔を浮かべて私が記入を終えるのを待ってくれていた。

「薪は一束500円だけどいくつ必要?」

「あー、焚き火はしないので大丈夫です」

「そっかそっか。まぁ、薪も炭もあるから必要になったら声かけてね。あとこれ場内マップと利用許可証ね。どこのサイトにするか決まったらフロントガラスの見えるところに置いといて」


 車で場内を回りサイトを探す。川沿いでせせらぎを聴きながら過ごすのも悪くない。だけれども、今日は日差しが強すぎるから日中が辛いかもしれない。テント立てるだけで汗だくになること間違いなし。無難に木陰のあるサイトにしようと、少し開けた場所でハンドルを切って山側の森林サイトへ進んだ。

 めぼしい場所がすぐに見つかったので、車から降りて地面に凸凹が無いかを確かめる。

「比較的平らだし、木漏れ日も気持ちいいからここにしよう」


 トランクルームから相棒であるワンポールテントを取り出す。

 こいつがまた可愛いのですよ。可愛い動物の名前がついた一人用の赤いワンポールテントは森林サイトで立てると映えるのだ。それに設営が簡単なのも良い。テントの角をペグダウンして真ん中にポールを立てるだけなのだ。

 テントの設営が終わったらローコットとシェラフを設置して、トランクルームから着替えの入ったリュックやクーラーボックス、ランタンを運び込む。トランクの奥に立てかけていたウッドフレームのローチェアと新しく買ったアルミ天板のローテーブルを広げてテントの前に置く。

「本日の秘密基地、完成!」

 テントの中に置いたクーラーボックスから缶のレモンサワーを取り出してプシュッと開ける。

 どっしりとローチェアに腰を下ろして、ぐるりと周囲を見渡す。五月ということもあり、森林サイトの木々達は淡い緑色の葉を一生懸命に伸ばしている。日差しは強いが、風は涼しくて気持ちいい。木々達も嬉しそうにその葉を揺らしている。

「まずは、乾杯しよう」と缶のレモンサワーをゆっくりと傾けた。


 汗が引いたところで後部座席に置いた調理セットの入ったカラーボックスから調味料入れ、スキレットとメスティン、シングルバーナー、ホーロー食器を取り出してローテーブルの上に並べる。

「広さも丁度良い」と、買ったばかりのローテーブルを褒めてあげた。

 食材が入っている保冷バッグをローテーブルの横に設置して私のサイトは完成する。

「あっ、ランタンスタンドを忘れてた」と、トランクルームからランタンスタンドを取り出して丁度良い場所に設置する。

 お酒をまったり飲みながら何も考えずにぼーっとするこの時間が最高だったりする。

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