第16話「人間とサイキック」

 浅間ツバキは通信機を投げ捨てた。


 退却命令など、冗談じゃない。


 自分は夫と子供を殺したサイキックに復讐するためにこの組織に入ったのだ、標的がすぐ近くにいるのに逃げてたまるものか。


 ましてや、同じサイキックジョーカーに助けてもらおうなど、反吐が出る。


 ツバキは自動拳銃オートピストルのスライドを引くと、後ろにいる人物を振り返った。


「私はサイキックを殺しに行く。あなたには悪いけど、ここからは一人で司令部まで帰って」


 ミナギが驚いた顔をする。


「浅間さん一人で戦うつもりですか?」


 そうよ、とツバキは当然のように答えた。


 精神操作マインドコントロールされた部隊の襲撃に遭い、ツバキの部隊は壊滅した。

 仲間を撃つことができない者は死に、復讐のために躊躇い無く仲間を撃った自分だけが生き残った。


 ミナギは昨日入ったばかりの新人で、後方に隠れるよう命令しておいたため、そもそも戦列に加わっていない。

 今もツバキに保護されて、司令部に引き返す途中だった。


 だが、それも終わりだ。ゼンはジョーカーに頼った。

 憎きサイキックに復讐のチャンスを奪われるくらいなら、自分一人でも戦う。この命と引き換えにしても、一矢報いてみせる。


「……わたしも手伝います」


 ミナギが唇を震わせながらそう言った。


「どうして?」


 ツバキは意味が分からなかった。

 これはほぼ自殺行為だ。自分自身の空っぽの心を満たしたいだけ。この子が協力する理由が無い。


「ユウの力になりたいんです。でも、わたし一人じゃ何もできないから……ツバキさんたちの手伝いがしたいんです」


 ゼンから少し事情を聞いていた。ミナギはジョーカーの友人だった。ゼンに上手く言いくるめられて、ファミリーに入った。本人に自覚は無いのだろうが、ジョーカーを利用するための人質のようなものだ。


「――わたし、ユウに酷いこと言っちゃったんです。化け物って。小さい頃からずっと一緒にいた、友達なのに。だから、わたし、ユウのために少しでも頑張らなきゃって……」


 ツバキは複雑な気持ちでミナギを見つめた。


 そのとき――二人の近くで爆ぜるような轟音がした。コンテナが弾き飛ばされ、ひしゃげて転がっていた。


「ジョーカーの奴、やってくれるじゃん……! おかげで僕自身がやらなきゃいけなくなった」


 ジャックが不機嫌そうにポケットに手を突っ込みながら歩いてくる。サイコキネシスによって、邪魔な物を除けるように、彼の前に続く道から廃材や死体が弾き飛ばされていく。


「ジャック!」


 ――そんな彼の前に、拳銃を構えたツバキが立ち塞がる。「あん?」とジャックは億劫そうに顔を上げた。


「夫も息子も、お前に殺された! ファミリーとはなんの関係もない、ただの通行人だったのに! 鏑木かぶらぎビルの前だ、覚えているか!?」


 ツバキの射抜くような鋭い視線は、怒りと悲しみで震えていた。


「僕がコロシ? ビルの前で? ……あぁ、アレか」


 嫌な思い出だとばかりに、ジャックが視線を逸らして俯く。


「薬物実験の副作用が出たんだ。チカラが暴走した。わざとじゃないよ。僕はエースみたいな変態じゃない」


「殺すつもりはなかったって!? そんな言い訳で許されると思ってるの!?」


「許してほしいなんて言ってない。そっちが聞いてきたから答えただけだよ。でも、ぶっちゃけそんな話どうでもいいでしょ、お互いにさ」


「何?」


「あんたは最初から僕のことを殺すつもりだし、僕も最初からあんたを障害物としか思ってない。会話なんて時間の無駄だよ。そうでしょ?」


「……そうね」


 躊躇いなど無かった。ツバキが拳銃の引き金を引く。

 ジャックの眉間に照準を合わせ、続け様に、何度も。


 だが、ジャックに弾丸は当たらなかった。すべて支配領域フィールドで弾かれる。


「こうなることも分かってたくせに。大人ってバカだね」


 ジャックの目が青く光った。


 ツバキは拳銃を持った手をだらりと下ろし、後ろを振り返る。


「でも、そんな大人に従っている子供ぼくのほうが、もっとバカなのかもね。きみも、そういうクチ?」


 ミナギのほうを見たツバキの目は、ジャックに呼応するように青く発光していた。


「え……? 浅間さん?」


 ツバキが、ミナギに向かって拳銃を構える。

 その表情に感情は無く、機械的にミナギの命を奪おうとしていた。ジャックの精神操作マインドコントロールだった。


「ファミリーの連中は皆殺しにしろって言われてるんだ。相手が子供でも。悪いね」


 ジャックの口調は軽いが、情け容赦の色は微塵も無く、ツバキが向ける銃口が冷たく光っていた。


 殺される――


 どうしようもなく、直感で、


 ミナギは、死を覚悟した。


 走馬灯のように、頭の中に想いが巡る。


 ずっと思い悩んでいたこと。謝ることができなかった、ユウのこと。


 小学生の頃から、ずっと一緒だったのに。なぜ、化け物だなんて酷いことを言ってしまったのだろう。拒絶してしまったのだろう。信じてあげられなかったのだろう。


 ――トウコさんみたいに。


 七年間。歩んできた時間は同じだったはず。


 原点は、夕陽で朱に染まった公園。二人とも片親しかいなくて、一人で親の帰りを待っているのは寂しいから、二人でよく遊んでいた。


 ユウに言ったら怒られるかもしれないけど、ある日突然、自分と同じ境遇のあなたが現れたことは、神様からの贈り物のように思えた。


 だからこそ、同じだと思っていたからこそ、余計に怖くなってしまったのかもしれないけれど。


「ごめんね、ユウ。最後にちゃんと謝りたかった」


 拳銃の引き金が引かれる。


 撃ち出された一発の銃弾はミナギの頭に向かって真っ直ぐに進んでゆき――


 そして、


「ごめん、ミナギ。遅くなった」


 目の前に瞬間移動テレポーテーションしてきた、ユウの支配領域フィールドで弾かれた。


 ミナギがユウの横顔を見つめる。


 たった一日離れていただけなのに、なぜだか、涙が溢れた。


 ユウが瞬間移動をして、精神感応テレパシーでツバキを精神操作マインドコントロールから解き放つ。


 そのサイキックとしての姿を見ても、もう怖いとは思わなかった。


「ミナギ。浅間さんを連れて離れていて。すぐに山内さんの部隊が来る」


 ユウから引き渡され、ミナギは気絶したツバキの腕を自分の肩に回した。


「あのね、ユウ。わたし……」


 ユウはミナギの濡れた頬を見て、微笑んだ。


「大丈夫。あとで少し話そう。今は早くこの場から逃げて」


「……うん」


 ユウの後ろからジャックが肩をすくめながら声を掛ける。


「別に急がなくていいけど? 僕、いきなり背後から襲ったりしないし」


 ユウはミナギの背中を見送ると、ジャックのほうを振り向き、鋭い視線を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る