第17話「過去の繋がり」


「そんなに怖い顔するなよ、ジョーカー。僕たち、友達だろ」


 ジャックが肩をすくめてみせる。


「友達……?」


「そうさ。そりゃきみは逃亡犯だし、僕は追手だから、立場は違うけど、だからって憎み合う必要はないだろ。話し合いで解決するかもじゃん」


 ユウは困惑した。エースのときとはまるで違う対応だ。


 罠、だろうか。


「オレたちは、友達だったのか……?」


「おいおい、そんな言い方はないっしょ。確かにきみとキングのほうが仲良しだったけどさ、ときどき雑談したり遊んだりしたでしょ。七年経って、全部忘れちゃったワケ?」


「……そうだ。オレには記憶がない」


「は??」


 いかにも無防備な、間の抜けた顔をするジャック。

 それで信じる気になったわけではないが、対話をしてみる価値はあるのではないだろうか。

 そしてもし、殺し合いをしなくて済むのなら、それが一番いい。


「記憶喪失なんだ。七年前、森の中で彷徨っていたときの記憶が最後だ。それ以前の記憶はない」


「施設から逃げた日のこと? 施設にいた頃の記憶は無いってワケ? マジ?」


「ああ。だからきみのことも……エースのことも知らなかった。もし知っていれば、最悪の事態は避けられたのかもしれないって、少しは思ってる」


「はは、オブラートに包むじゃん。無理に決まってるよ、あいつは根っからのイカれ野郎だもん」


 ジャックの軽口と笑顔に釣られるように、ユウも少し笑ってしまった。


「それでなんだけど……ジャック。きみがオレと友達だって言うのなら、みんなのことは見逃してもらえないだろうか?」


「見逃す? ファミリーの連中を?」


「ああ。きみはオレを捕まえに来たんだろ? 大人しく捕まるから、ここにいるみんなには手を出さないでくれないか?」


 ――ユウ!? ダメだよ!


 ミナギの声に後ろを振り向けば、そこには山内キンジを含めた構成員たちの姿があった。応援の部隊が到着したようだ。


 ジャックが指で頭を掻く。


「悪いけど、その頼みは聞けないかな。ファミリーの連中も、ジョーカーの関係者も、全員殺せって命令されてる」


 緩んでいたユウの表情が強張る。足元に落ちていた小石が独りでに弾けて飛んだ。


「戦いたくないんだ。彼らだけでも見逃してほしい。頼む」


「ジョーカー。僕たちは父親オリジンに従うしかないんだよ。アイツの命令には背けない。戦うなんてバカげた考えは捨てたほうがいい。後ろで鉄クズぶらさげてるような、ザコレジスタンスの力をアテにしてるわけじゃないよね? 人間はサイキックに対して無力だ。戦力になんてならないよ。きみ一人で【新世界】と戦争をするつもり?」


「…………」


「僕たちが戦う必要なんてない。一緒に行こう。苦しい実験の日はつらいけど、休みの日にゲームするのは楽しいよ。友達と一緒にゲームできればもっと楽しくなると思うんだよね。エースはクソ野郎だから問題外だったし、クイーンは不器用すぎる。ジョーカーが戻ってきてくれないかなーって、僕、七年間ずっと思ってたんだ」


 罠ではないと確信した。ジャックの口ぶりからは親愛を感じた。本気でそうしたいと願っている。

 だが――


「待ってくれ、ジャック。オレは……」


「最初から選択肢なんてないんだってば。オリジンに逆らうことなんてできない。僕たちサイキックは保護された小さい世界で生きていくしかないんだ。ガキじゃないんだから、いい加減、聞きわけなよ」


 だが――彼は自分の意思を放棄している。


 あるいは、諦めという選択だ。


 決して、見逃してはくれないだろう。


 ユウが俯くと、上のほうからゼンの声が降ってきた。


「戦え、ジョーカー! そいつらはオリジンの傀儡だ。きみとは違う。大切な家族ファミリーを守りたいなら、殺すしかないんだ!」


 工場二階の吹き抜けの廊下から、ゼンを含めた構成員たちと、トウコの姿があった。

 狂気すら感じるほどの期待の目を向けるゼンに対して、トウコの目は痛々しいくらい不安そうだった。


「……外野がうるさいな。黙れよ」


 ジャックがゼンのほうを振り向き、目を青く光らせる。


 彼らが立つ金属製の廊下が、手すりから床まで、全体がサイコキネシスの力でひしゃげていく。


 まともに立っていられず、ゼンや構成員たち、トウコが床に手をつく。このままでは全員が地面へと落とされる――


「やめろ、ジャック!」


 ユウの目が赤く光る。


 強烈なサイコキネシスの波動がジャックを襲った。


 ジャックのフィールドも抵抗したが、あっという間に破られ、ジャックの体が後方へと弾き飛ばされる。


 地面に倒れたジャックは、億劫そうに立ち上がると、ズボンに付いた埃を叩いた。


「びっくりした。今の、ジョーカーがやったんだよね?」


「……ごめん。加減できなかった」


「そういう問題じゃないよ。どうしてそんなに強くなった? 施設にいた頃は、ダントツで最下位の能力者だった。できることと言ったら、サイコキネシスでビー玉を転がすことくらいだったじゃないか。今のが直撃してたら、内臓を潰されて死んでたよ」


 ジャックが笑みを浮かべる。

 だがそれは楽しそうなものではなく、明確な殺意が滲み出ていた。


「どうやら、僕も本気にならないといけないみたいだね」


 ジャックが腰のポケットから注射器を取り出す。血のように粘性を帯びた赤い液体が入っている。


《ジャック、お願い、待って! クスリを使っちゃダメ! 今から私も行くわ!》


 テレパシーで聞こえたクイーンの声など無視して、ジャックは首筋に注射針を突き立てた。赤い薬液が流れ込み、血管を太く拡張させる。


 ジャックは深く息を吸い込み、満足そうにゆっくりと息を吐いた。


 そして、引き攣ったような不気味な笑みを浮かべた。その目は、赤く光り輝いている。


「さあ、ゲームを始めようぜ、ジョーカー。今まで相手が弱過ぎて退屈してたんだ。やっぱ、同じバケモノ同士で戦わなきゃ盛り上がらねえよな。楽しませてくれよ?」


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